何も分からぬまま、私は幾多の声に励まされながら、炎に全身を焼かれた。この身体はとっくに灰になっていても可笑しくないはずなのに、意識は残ったままで体の感覚も失われてはいなかった。

「……は、……だ」
ふわふわと意識が彷徨う状態の中、誰かの声が聞こえる。その声は炎の中で聞いた曖昧な声とは違い、はっきりと男性の声だと分かった。

ゆっくりと思い瞼を持ち上げると、視界には無機質な天井と中年男性の顔が見えた。白衣を着ているその男は私が目を覚ましたことに気が付くと、こちらに声をかけてきた。
「目が覚めたかい?」
返答すべく僅かに首を縦に振った。男はすぐに戻ってくるというと、視界からいなくなった。身体はまた重く、充分に動くことはできない。目だけを左右に動かしてみると、どうやらここは病室のようだ。右側を見るとカーテンに遮られた窓が、左側には点滴のチューブが自分の腕へと繋がれているのが見えた。
ひとまず炎の海から助かったことへの安堵した。しかし、次々に何がどうなって炎の中から病室へ場所が変わったのか。頭のなかには絶えず疑問が湧いて出てくるが、目覚めたばかりの私には全く見当がつかなかった。

(もしかしたら今までの出来事は夢?私は事故か火事にでも巻き込まれて夢と現実が混ざってしまったとか?)

私は脳内で、一連の出来事を考察していると先程の白衣を着た男が、看護師を連れて戻ってきた。先ほどは全く気が付かなかったが、遠目から見た医師であろう男は耳の後ろから膝あたりまで垂れている何かを布で包み込んでいるようだ。普通の人間ならまず不自然だ。それに耳も、小説や漫画で見るエルフのように横に長く、先がピンととがっていた。一方、看護師の女性は歳は私と同じく20代だろうか、身体的特徴も自身とは違いがないようだ。黒髪をお団子にまとめた看護師の補助を受け、私は幾つかの検査を受けた。



「まだ発熱が続いているようだ。回復するまでは安静だな」
カルテに測ったばかりの体温を記入しながら医師がぼやいた。検査を終え、再びベッドに寝かされた私は医師の顔を見上げる。医師はそんな私を気にも止めず、カルテに書き込みを続けながら独り言を続ける。
「ま、あの若造もそこまで鬼畜じゃあないか。このペースならあと4日ぐらいでほぼほぼ回復だろうかな。うん、ラテア引き続き看護を頼むよ」
「はい」
ラテアと呼ばれた先程の看護師は「空気入れ替えますね」とカーテンをタッセルへ纏めると、ガラガラと窓を開けた。心地よい風が頬を優しく撫でる。

「…え?」
「どうかしましたか?」
思わず声が漏れた。掠れた声はラテアの耳にも届いていたようで、此方の顔色を伺っていた。その時の表情はあり得ないものを見たような反応ようだったと後日彼女から聞いた。まさにそうだったと自分自身でも思う。
私の目に映った空には白い光の曲線があった。それはまさにゲームの世界で見た都の空に浮かぶものと瓜二つだった。私はすぐさま外の景色を確認すべく起き上がろうとするが、ラテアに止められてしまった。

「目を覚ましたばかりなんですから!先生から許可をいただくまでは安静にしててください!」
「…っ」

ラテア体を抑えられるが、押し返す体力すら今の私にはなかった。脱力した身体は再びベッドへと沈み込む。
「……」
私は窓から見える景色を基に、考察を再開するのだった。



 ***


所変わって、マイカのいる病室から程近い場所にある一室では、二人の男が只ならぬ空気を纏わせていた。最初に口を開いたのはマイカの身体検査をしていた医者の男であった。
「これが検査の結果です。……結論から言えば彼女の身体は貴方達人間と何も違いはありません」
「何も異常はなかったのか?」
結果が纏められた書類を受け取った男が言葉を返す。
「あるにはあったんですが、その症状は既に回復の方向に向かっておりまして」
「構わん。報告しろ」
「彼女に起こっていた発熱の症状の原因は重度のエアル酔いによるものでした。まるで初めてエアルに接触したかと思うほどに耐性がありませんでした」
しかし、と医者は続ける。
「入院してからというもの、その症状は異常なほど速い速度で回復しており、本日ついに意識を取り戻しました。急速にエアル耐性がついたものと思われますが、原因については全くもって不明でございます」
医者は自分より年の若い男に申し訳なさそうに首を垂れる。
「そろそろ時間か。……些細なことでも構わん、新たな情報があれば逐一報告を」
「畏まりました。っ、そうでした」
何かを思い出した医者は白衣のポケットから赤い玉を取り出すと、男に手渡した。
「これは魔核か?」
「彼女が手にずっと握っていたものです。ヘルメスがいればコイツについて何か分かったかもしれませんが、私には調べようがありませんので今のうちにお渡ししておきます」
「……あぁ、分かった」
二人に共通する今は亡き友。今ここにいてくれればどれ程心強いものか。
「彼女は完全に回復しましたらご希望通り面会の手筈を致します。それまであと1週間はお待ちください、アレクセイ閣下」
アレクセイは静かに頷くと、部屋の外で待機させていた補佐官を引き連れて部屋を後にした。






20190702


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