真っ白だ。

 見渡す限りの白の中に、私は浮かんでいる。

 私の名前は宮野舞花。至ってごく普通の一般人。人の波に流されるように大学へ進学したものの、夢も目標もない私は就活に見事失敗。今は卒業後に見つけたアルバイトで働きつつ生活をしている。いや、していたというのが正しいのだろうか。今や生活とはかけ離れた状況にあるのだから。

「もしかして死んだ……?」

 そんなはずはない。……と思う。今朝、いつも通りに起床し、ご飯を食べ、出勤の支度をしていた。その後、何があったっけ。どうしてすぐに思い出せないのだろう。まるで何年も昔のことのように感じられるのはなぜだろう。この真っ白の空間のせいなのだろうか。時間の感覚すら消えつつあるようだ。

「そうだ、宅配便」

 家を出ようとした直前、インターホンが鳴った。扉を開けると、黒い猫でお馴染みの業者だった。宛先も自分宛に間違いはないということで、拒否することなくすんなりと受け取り、出勤時間が迫っていた私は開封することなくそのまま家を出た。そうしていつもと変わりない業務を終え、再びその荷を目にしたのは帰宅してからだ。当たり前のことだが。 ここで私は、漸く依頼主が誰かを確認した。
 
「なに、これ……」

 見慣れない文字。英語などのアルファベットという意味ではなく、この世界では「見たことのない」文字だった。水濡れで文字が滲んでいるわけではない。宛先は間違いなく日本語で書かれているのに、それ以外の文字は解読不能だった。正直言って気味が悪い。もしかしたら中に危険物が入っているかもしれない。だけど、私はこれを開けなければいけない気がする。そんな気がした。

「もし危ないものが入っていたらすぐに警察に連絡を……!」

 緊急時のためにスマートフォンを手に取れる位置に置き、心臓をバクバクさせながら私は箱を開封した。
瞬間、箱から一筋の光が上へと伸び、部屋の天井に魔方陣が浮かび上がった。

「これは、まさか!?」

 その現象に一つだけ心当たりがあった。
大好きなゲームの前日譚で使用された爆弾。大好きなキャラクターが悪事に手を染めるきっかけを作った事件。あれはフィクションだ。ゲーム本編でなく、外伝小説にあった出来事だぞ。こんな事起こりうる訳がない。実物が目の前にあるなんてありえない。心臓の音がさっきよりも早く、大きく聞こえた。

「これは夢、きっとそうだ。夢なら早くさめてよ!!」

 私の言葉に呼応したかのように、上空の魔方陣が発光した。目の前が真っ白になった。



――そうして今に至る。
 どうやらこれは夢ではないらしい。自身の頬を抓ったことで理解した。僅かに痛みが残る頬を手で擦りながら全く変化のない視界を見渡す。一面の白。温度も風も、何も感じられない。閉鎖空間なのか、広大な空間なのか、自分が地に降り立っているのか漂っているのかも分からない。

「誰かいないの!!」

 弱弱しく声を上げるが、返事はない。このままたった一人でこの空間に取り残されたままなのだろうか。

「漸く辿り着いた……」
「誰!!」

背後からぼやけた女性の声が聞こえる。思わず振り向くと、そこには黒いローブをまとった者の幻影がゆらゆらと揺らめいていた。フードに隠れて顔はよく見えないが、声の主は恐らくこの者だろう。突然現れた不気味な存在に、舞花は背筋を冷たいものが走っていく感じがした。じっと見つめ、相手の様子をうかがう。すると人型の幻影はゆっくりと舞花へ向けて右腕を持ち上げた。そのまま口元へ掌を運んだかと思うと、手にふうっと息を吹きかける。吐息はすぐに光の玉へ変化した。。玉は6つ現れ、それぞれ赤、青、緑、黄、白、紫の色をしている。ふわふわと浮遊しながら光は舞花を取り囲む。次々と現実ではあり得ない現象に、舞花が次の言葉を放つまで少し時間を要した。



「な、何をするつもりですか……!」
「……」

暫くして冷静さを取り戻した舞花は問いかける。しかし、幻影は答えない。彼女の言葉が聞こえないかとも思われたが問いかけた際、微かにフードが動くそぶりが見えた為こちらの声は聞こえていると思われる。その間にも舞花の周りでは円を描くように光の玉が浮遊していた。

「この光はなんですか?」
「……」

この問いかけにも幻影は答えない。流石に全く進展のない状態に舞花は限界に近い。苛つき始める感情を抑えようと躍起になっていると、赤い光が舞花の目の前まで浮遊して来た。舞花は思わず両手をくっつけてお椀の形にすると、光は吸い込まれるように彼女の手の中に収まった。舞花は思わず幻影の方へ目を向けると、それまで浮遊していた残りの光達が今度は幻影の周りを浮遊していた。

「原素の方が貴女を選ぶなんてね。まぁいいわ」
「どういう事?!いい加減説明しろっつーの!」

訳もわからず進む話に堪忍袋の尾が切れた舞花は思わず口を悪くする。

「貴女の悪い癖ね、少しは堪えてみたら?」
「なっ…!」

なぜお前がそれを知ってるのか。そう問いかけようとするが、幻影は先程とは打って変わり口早に用件を話す。

「――もう、時間がない。手短に言うわ。貴女に私の願いを託す」

そう言うと、幻影の影がぐらりと歪む。

「ちょっと!何よ願いって!勝手に消えようとしないでよ!ここに取り残されるのはお断りよ!!」
「……安心なさい。ここは貴女が『あの世界』に行き着く為の中継地点。貴女の手の中にある原素が『世界』に適応出来るよう、貴女を『作り変え』てくれる」
「はぁ?!訳分かんねぇ!」

『世界』?私を『作り変え』る?
全く訳が分からない。そんな事が…と、否定してしまいたかったが、今自分が目の当たりにしている現状がそうはさせてくれなかった。

「貴女なら出来る。――お願い。どうか、どうか、あの人を救って」

その瞬間。
舞花の手の中の光が一層赤く、眩い光を放つと、激しい熱風と共に弾けて消えてしまった。熱風は舞花を中心に波紋のように広がり、風が行き届いた場所には忽ち炎が立ち上がった。熱い。四方八方逃げ場のない状況で、舞花は幻影を睨みつけた。

「えっ」

幻影は熱風の影響を受けたのか下半身部分が完全に消え去っており、顔を隠すように被っていたフードが脱げている状態だった。幻影は何かを伝えようと必死に何かを言いかけていたが、もう舞花には何も聞こえては来なかった。否、幻影の正体を見て絶句し、それどころではなかった。

「私……?!きゃっ!」

そこにいたのは自分とそっくりな顔だったのだから。舞花は幻影の正体について考察したかったが、彼女を取り囲む炎達はそれを許さなかった。気がつけば白かった空間は黒一色に染まり、地は炎の海になっていた。熱風は彼女を包み込み、彼女の衣服を焼き尽くす。あっという間に生まれたままの姿にされ、咄嗟に身体を丸め込み、身体を隠す。誰もいない状況は不安だが、今は誰の存在もなくて良かったと小さく息を吐く。

「まるで地獄の風景だわ……」

なぜ自分がこのような目に会わなければならないのか。あの幻影はなんなのか。わからない事だらけだ。丸まった体勢で暫く炎の中を揺蕩った。炎は直接身体に触れる事はなく、ただ彼女の周りで静かに燃えていた。勿論、熱気による暑さは感じる。しかし、酸欠になる事はなく。身体に特に変化はなかった。

『運命は繰り返す』
「だ、れ…?」

暑さに身体が慣れてきた頃、その声は聞こえた。どれほどの時が経ったのかは分からない。漸く聞こえたその声は様々な方向から反響するように聞こえてくる。思わず辺りを見渡すが、人型の存在は見つけられなかった。炎は声に呼応するかの様に形を変え、舞花を中心にゆっくりと渦を巻き始めた。

『我らは炎。其方に力を分け与えるもの』
「力を与える…」
『其方の炎はいつか世界の運命を焼き尽くすものとなる。その力の器になるべく、暫し炎のゆりかごの中でお眠りなさい』

男とも女とも取れない不思議な声は舞花の意識をゆっくりと夢の中に誘う。そのうち舞花の意識は身体とともに炎の渦の底へと落ちていった。






20190411



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