整備も碌にされていない野を、数台の馬車が進む。その中の一両にマイカは乗っていた。乗り心地はとても悪く、酔わなかったのが幸いだった。
気分を紛らわせる為に時折り外の景色を眺めた。草の香りが頬を撫でる。マイカが帝都ザーフィアスに来て以来,外へ出たのがこれが初めてであった。大きな城を中心に都全体を覆う結界魔導器の全貌が見える。その様はゲームの画面で見たものと瓜二つで、ここが本当にゲームの世界なのだと痛感した。

「到着だ」
1時間ほどして馬車が停まる。
目の前には100mにも満たない標高の山がいくつも繋がり、整備されていただろう一本道には様々な草木が生え、かろうじて生物が行き来出来る空間を作り出している。

シュヴァーンの前に整列した騎士たちは、英雄を目の前にしているせいか普段の訓練よりもピリピリとした空気が体を包んでいた。
「事前に伝えた班に分かれて担当区域に向かい、魔物の生態・エアルの状態・地形の変化を調査。日没までに戻って来るように」
「はっ!」

シュヴァーンの号令が終わると、それぞれ指定された班ごとに集合し、拠点を発ち始める。マイカも自身の班の元へと向かう。
「スフェンライト」
「はっ!……なんでしょうか!」
シュヴァーンに呼び止められ、咄嗟に返事を返る。
「……今回の訓練、君が最も実戦経験が少ない。気を引き締めるように」
「はい!」
未来の隊長首席からの激励を言葉を受け、マイカもより一層気を引き締めた。

既に集合場所には4名の棋士が揃っており、マイカは最後に到着した。
「それでは我々も向かうぞ」
「はい!」
班長の男騎士が調査機器などを詰めた袋を背負うとすぐに目的地へと出発した。班員とは移動中の馬車の中で顔合わせを行なっていた為、すぐに行動に移ることができた。
幸いな事に班員にヒュールドの姿はなく、絡まれることも無かった。

マイカの班が指定されたのは拠点より1番離れた山の中腹部の調査だ。この辺りには戦前、訓練の拠点として使われていた山小屋があるのだという。環境調査と合わせて現在の小屋の状況を確認するのがマイカ達の班に与えられた任務だ。道中、オタオタなどの小型の魔物との遭遇もあったが班長の的確な指示で大きなトラブルもなく調査地点へ到着した。
木々の合間にぽっかりの空いた空間が現れる。この場を中心に探索を行う事となった。

「ここからは手分けして調査を行おう」
班長はエアル濃度の記録と荷物番に治癒術を使える女騎士を、残る4人は三手に分かれて小屋の捜索をする事となった。実践経験のほとんどないマイカは二つ年上のセリムという騎士とペアを組んだ。
「よろしくね」
「宜しくお願いします!」
気さくな雰囲気を纏う彼は、緊張しているマイカに笑顔で肩の力を抜くよう声をかけてくれた。
「班長たちは山小屋のある可能性が高い方向に向かってくれたから、俺たちは小屋を探すというよりは凶暴な魔物がいないか確認することがメインになるかな」
「そうなんですね」
「あとこれ、班長から」
セリムは腰に備えていたポーチから液体の入った白い瓶をマイカに渡す。見覚えのあるアイテムに思わず目を丸くする。
「これは…!」
「ホーリィボトルだよ。万が一の事があればこれを使うといい」
「ありがとうございます…!」
太陽光に当てると、液体はより一層きらきらと輝きを増した。魔物を寄せ付けなくなる効能も納得できる。受け取ったボトルを落とさないよう、丁重に自身のポーチへと仕舞い込んだ。
「それじゃあこの辺りの探索を頼むよ。僕はこの先に斜面になっている場所があるようだからそっちを見てくる」
「わかりました。お気をつけて!」
「ありがとう、行ってくるよ」
セリムは安全な場所にマイカを配置してくれた。班長や他の班員も時折マイカのことを気にかけてくれており、とても心強かった。彼らの力になる為にも、自分にできる限りのことをやろう。気合を入れる為にグッと拳を握り締める。

マイカは獣道に沿って茂みの中へと足を進めた。道の付近に魔物の巣があれば、縄張りを侵されたと勘違いした魔物が襲ってくるかもしれない。早期に駆除をする必要がある。方向感覚が狂わないよう、獣道を視認できる距離を保ちながら辺りを見回す。

「見た限りでは大丈夫かな…」
しばらく見回った所が、特に目立った異常は見られなかった。後はセリムが戻ってくるのを待つだけである。

ざく、ざく…

目の前の茂みの中から足音が聞こえてくる。
「セリムさん、だいじょー……」
「やぁ、調子はどうだい?」
草木をかき分けて現れたのは、ここにはいないはずのヒュールドだった。





20210622













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