それから10日後。帝国騎士団入団試験は、マイカの心情など気にすることもなく訪れた。
当日、試験会場に着くと空気は大きく二分されていた。少しでも良い給与を得たい、出世したい下位の身分の者たち。反対に貴族達は通過儀礼を待つかのように余裕がある者が多かった。立場上で後者ではあるが、マイカには余裕など全くなかった。 

ディノイア邸に軟禁されて10日間。7日間は人並みの体力に戻すために、室内で出来るトレーニングは思い浮かぶ限りすべて実践した。身体全身が筋肉痛で悲鳴を上げようと休息時以外身体を安めはしなかった。度々様子を見に来るメイド達には、騒がしい捕虜で申し訳ないと何度も謝罪をした。アレクセイから事情を聞いている為、咎められることはなかった。むしろ、倉庫に眠っていたらしいトレーニング器具を提供して貰ったり、試験の中に模擬戦があると知って固まったマイカに兵役経験のあるメイド長が基本的な剣の扱いについて指導してくれたくらいだ。どうしてこんなに手助けてくれるのだろうか。試験の前日、夕食の食器を下げにきたメイド長に問いかけてみた。
「旦那様から、他の者と公平に審判を行うための措置だと伺っております」
メイド長は手早く食器を片すと頭を下げて部屋を去っていった。
限られた時間ではあったが、やれるべき事は全て行った。付け焼き刃ではあるが、無知よりは断然マシだろう。その日の夜は早めに布団へと潜ったがなかなか寝付くことは出来なかった。


結果から言うと、試験には無事受かった。
模擬戦では勝敗は五分五分だった為、結果を聞くまで不安だった。しかし、人魔戦争後の騎士団の方状況を考えれば人並みの能力があれば入団は容易であろう。
この時期、人魔戦争によって戦力を大きく失った騎士団を戦前の規模に戻すべく、アレクセイは議会と衝突を繰り返していた。その為にも身分を問わず兵を募っていた。続くかどうかは別として。
シュヴァーンが確か退団を申し出る者は良くて5人に1人と言っていた記憶がある。自身がその1人になってしまわぬよう、気を引き締めねばならない。

「スフェンライト!マイカ・スフェンライトはここにいるか」
「はい!ここに!」

新兵の基礎訓練を終え、休憩室で過ごしているとシュヴァーンが部屋の扉を開けたかと思えば、マイカの名を呼んだ。マイカはすぐに返事を返すと早々に移動を始めたシュヴァーンを追いかけた。その場にいた騎士達は一新兵が隊長に、しかもあの英雄に呼び出しをくらうなど何かしでかしたのではないかと暫く騒然としていた。そんなこと知りもしない2人は誰もいない廊下を歩く。ふと、シュヴァーンが口を開いた。

「……慣れてきたようだな」
「?」
「スフェンライト」
「あ、あぁ!そうですね」

スフェンライト家ーーアレクセイが用意してくれたマイカの家の名である。
かつて人魔戦争により消失した街で執政官の補佐を代々努めていた一族だという。立場からして政治の表舞台に出てくることはなく、戦争によって一族は途絶えた。後に記録からディノイア家の遠縁である事も判明したらしい。
アレクセイが立てた筋書きはこうだ。
一族の末娘であるマイカは兵役に志願しており、帝都へ向かう途中魔物の襲撃に遭遇し行方不明。巡礼に回っていたシュヴァーンがたまたま記憶喪失状態の彼女を保護した。現在はディノイア家が面倒を見ている、というものだ。故に、入団当時は騎士団長の関係者と分かると奇異の目で見られることも多かった。だが、数日もすればマイカが平凡な能力だと分かるとその視線も収まりを見せた。漸く訪れた平穏にマイカはホッとしていたのだが。

「閣下から君には早く騎士団に慣れて貰うため、早期に実戦訓練へと出て貰うこととなった」
「実戦?!」

それもシュヴァーンの一言で簡単に壊される。
あの試験からまだ1ヶ月も経っていない。アレクセイはマイカを早く使える駒にしたいのだろう。そうでなくては面倒を見る対価がなくなってしまう。

「何か異論でも?」
「ありません……」
上官の指示に反論が出来るわけがない。マイカは大きく溜息を吐きながら踏ん切りをつけようと試みる。

(うん、一般人には無理です!)
曖昧な感情を抱えたまま、訓練の説明を聞くべくシュヴァーンの案内した会議室の扉を開けたのだった。




20200821


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