「騎士になりたいと?」
「私はこの世界で生きる術を持っておりません。それに、ここまで助けていただいた御恩すら返すことも出来ておりません」
怪訝な面持ちで此方を見るアレクセイ。ここで怯むわけにはいかなかった。

「命に換えても必ずや、貴方様の力になります。どうか!そのきっかけを与えていただけないでしょうか!!」
言葉の勢いに任せて立ち上がる。椅子が思わぬ反動を受けて倒れる音がしたが、気にしている場合ではなかった。固く握られた手は尚も汗ばんでいる。

「……」
静寂が2人を包み込む。
先に口を開いたのはアレクセイだった。

「ーーと、言っているのだが君の意見はどうかね?」
「え?…ぎゃっ!?」

アレクセイはマイカの後ろに視線を移す。思わず振り返ると目の前には剣の先端部。素の声をあげながら柔らかな絨毯の上に尻餅をついた。顔を上げるが、西日による逆光で剣を構えた人物が判明するのに少し時間がかかった。夕日に溶け込んでしまいそうな隊服に生を失った瞳。その人物はかつての戦争で英雄と崇められた男であった。
「シュヴァーン隊長首席…?」
「首席ではない」
「大変失礼いたしました…」
剣を構えたまま冷めた声で訂正する男に思わず正座の姿勢で背筋をピンと伸ばした。この時期にはまだ隊長に格上げされていただけなのかという驚きと己の失言への怒りで感情はぐちゃぐちゃに混ざりあった。

「丸わかりの殺気ですら気付けぬ小娘では、大した戦力にはならないと思いますが」
反論の言葉もない。いつ殺されてもおかしくない状況で、目の前の人間に必死に願いを乞う様はさぞ滑稽だったことだろう。ここで自分の人生は終わったと思った。しかし、耳に届いたのは予想もしない答えであった。

「新兵を十分な戦力として育て上げるのは君の役目だろう?」
「ですが」
「身元の引き受けであれば私が行おう」
身元が分からぬ者を騎士団の内部へと自ら引き入れるのは可笑しな話だ。それも騎士団張本人がだ。シュヴァーンにも、一連の話を聞いていたマイカにもアレクセイの考えていることが分からなかった。

「ということは…」
「だがしかし、条件がある」
「……なんでしょうか」
「10日後に行われる入団試験に受かること。最低ラインでさえ潜り抜けられぬ者は騎士団に不要だ」
「分かりました」
「この部屋からは出せないが、鍛錬でも何でも必要なものがあればメイドに言うといい。では、試験当日に城で待っている」
アレクセイはシュヴァーンに声を掛けると、部屋を出ていった。扉が閉じる音と共にマイカは大きく息を吐いた。緊張の糸が緩み、すぐには立ち上がることが出来なかった。

最初で最後のチャンスだ。ここで躓いてしまうようでは、運命なんて変えられはしない。

「最終目標はザウデ不落宮。再奥の場でアレクセイの隣に立つこと。そこであの人を救ってみせるーー」

誓いを立てるように、自分自身に言い聞かせるように目的を声に出した。『救済』これがマイカのやるべき事。あの自分そっくりな存在に言われたからではなく、自分自身でそうしたいと思ったからだ。そもそもあの存在は誰を助けるのか詳細を教えてくれなかったので、助けようがないのだが。
「さて、10日しかないけど…。まずは筋トレ?」





20200719


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