仁王が女物の香水を香らせていたのには驚いた。
あまり女子と会話するようなタイプじゃないし、今日の手伝いも適当にサボったもんだと思っていた。
しかし、後で担任が手伝いを真面目にやったと仁王を褒めていたし、仁王も仁王で帰って来た時に嫌な顔はしていなかった。

これは何かあるに違いない。

そう思ったものの、その「何か」を割り出す術を俺は持っていなかった。
頼りになるのは5時間目に嗅いだあの香りだけだが、香水をつけてきている女子なんてごまんと居るし、いちいち香りを確かめるなんて気持ち悪い行為は出来ない。
柳なら何か分かるかと思ったが、伝えられる情報が少な過ぎては誰かを断定するのは無理だ。


「(あー、もう。スッキリしねえ・・・)」







「ごめんね、日誌任せちゃって」

「いえ、貴女は号令や黒板の掃除をして下さったじゃありませんか。謝ることなんてありませんよ」

「ふふ、ありがとう」


名字さんははにかみながら私にお礼を言った。

私も彼女も日直だというのに、彼女は一人でなんでもやってしまおうとしていた。
それは彼女に悪いし、なにより紳士として自分を許せない。
けれど名字さんは手際良くなんでも終わらせてしまうので、やることが日誌を書く以外なかったのだ。
それでもお礼を言う彼女は、とても優しい人間なんだろう。
目の前に居る彼女は、確かに「椿」と呼ばれている名字さんだが、噂話とは全く違う。

日誌を書き終えた頃、タイミング良く教室の扉が開いた。
私と名字さんが一緒になって振り向くと、そこには少し驚いた表情の仁王君が居た。
仁王君の視線の先に居るのは、名字さんだ。


「柳生、名字さんと仲良いんか?」


意外だ、とでも言うような言い方だと普通の人なら思うだろう。
しかし、私には仁王君の声色に少しの悲しさが混ざっていることに気が付いた。
おそらくだが、彼は


「私と名字さんは日直なので、残って日誌を書いていたんです」


「もう終わりましたから、一緒に部活に行きましょうか」と仁王くんに言えば、こくりと首を縦に動かした。
書き終えた日誌を手に取り、自分が職員室に置いてくることを名字さんに告げれば、また「ありがとう」と嬉しそうに返ってきた。


「仁王くんも柳生くんも、部活頑張ってね」


教室から出る寸前で、名字さんが手を振って私達を送り出した。
「ありがとうございます」と私が言う前に、仁王君が嬉しそうに返事を返す。

やはり、彼は・・・。







教室掃除が終わってから柳生の教室に行くと、柳生と名字さんが楽しそうに会話をしているのが見えた。
いつもなら邪魔をしないように中には入らず先に部活に行くのだが、俺は無意識のうちに扉に手をかけていた。
二人は日直で、日誌を書いていただけ。
なのにとても仲が良さそうで、モヤモヤしたものが胸や喉につっかえていた。
名字さんと別れたあともずっとそのモヤモヤは取れなくて、おかしくなりそうだった。


「仁王くん」

「・・・ん?」

「何か、勘違いしているみたいですね」

「何じゃ、急に」

「・・・私は名字さんと、仁王くんが思っているような仲ではありませんよ」

「・・・は?」

「それが心配だったのでしょう?」


そう言われて返す言葉がなかった。