名字さんに仕事を教えてもらいながら、ぽつぽつとお互いに自分のことを話した。
俺は主にテニス部のことを、名字さんは自分の好きなものを。
俺が何か言葉を発すれば、名字さんは笑ったり驚いたり、色んな表情をみせてくれた。


「テニス部って、怖いイメージしかなかったな」

「ほお、やっぱり、真田が?」

「うーん、真田くんが真面目でいい人なのはなんとなくわかるけど、やっぱり怖いイメージはあったのかも。・・・あ、その本は棚の右上です」

「りょーかい」


「でも、勝つのが当たり前なんてすごいよね」と名字さんは笑った。
褒められてるのは自分だけではなくテニス部全体なのに、俺だけが褒められたような気がして照れ臭くなる。
すぐに返事が思い浮かばなくて、作業に没頭しているふりをした。
そして最後の一冊を棚にしまいこみ、仕事は終わる。


「ありがとう。とっても助かりました」

「いや・・・、さして難しいことじゃないけぇ、気にせんでええよ」

「ふふ、優しいんだね」


優しい、なんて久しぶりに言われた。
照れ臭くなって顔を背けたら、名字さんはまたクスクス笑う。
廊下で見かけた時には少しツンとした感じだったのだが、こうやって話している時には、すごく表情が豊かだ。


「・・・なあ、名字さん」

「はい?」

「・・・また来ても」


いいか、と続ける前に予鈴に遮られてしまい、名字さんはハッとしたような顔で自分の荷物(読みかけの本のようだ)を慌てて手に取った。


「ごめんなさい、私日直だからはやく戻らないと」


「鍵は気にしないでいいよ」と名字さんはパタパタと走りながら出て行ってしまった。
一人残された旧図書室は何だか寂し気な雰囲気を醸し出していて、何だか苦手だった。
名字さんが居るのと居ないのとでは、居心地の良さが違った。
ここに長く居る気にはなれず、既に授業が始まっていることも気にせず教室へ向かった。
手伝いをしていた、とでも言えばなんとでもなるだろう。





教室に入るとやはり数学の授業が始まっていて、遅れて教室に入った俺を教師が何か言いたそうに睨んでいる。
絡まれると面倒臭いので少し頭を下げて席につくと、後ろの席の丸井がシャープペンシルで背中を突いてきた。


「随分遅かったな。そんなに忙しかったのか?」

「いや・・・ちょっと話し込んでな」


机の中から教科書とノートを取り出しながら丸井の質問に答えると、丸井は驚いたような表情で俺を見た。


「他に誰か居たのか?」

「委員会の仕事なんだから、当たり前じゃろ」

「へえー、珍しいこともあるんだな」


珍しい、と言われ俺は小首を捻る。
誰かと話すくらい珍しいことではないだろう。
クラスの男子のだいたいのヤツとは話すし、必要とあれば女子とも話さないことはない。


「仁王から、少し女物の香水の匂いがするんだよ」

「香水・・・?」

「ああ。でも、よくある甘ったるいヤツじゃないな・・・。どっちかというと、ツンとした匂い。あ、匂いがキツいって意味じゃねえからな」

「ブンちゃん、鼻が利くのう」

「は?厭味かソレ」


少し丸井をからかったところで、青筋をたてた教師に言葉短かに注意を受けた。
これ以上話すのは無理だと判断し、俺と丸井はそこで会話をやめて黒板を睨んだ。