シングルス形式の練習試合が終わったら各自休憩を取れることになっていた。
くじ引きで対戦相手を決めた結果、運悪く幸村と当たってしまった俺は見事にボロ負けで、その上何の怨みかコートから出る時に膝カックンまでされてしまった。


「仁王、これから休憩だろ?ちょっと話があるから来て」

「え?」

「お説教しようかなと思ってね」


爽やかな笑顔に不釣り合いの台詞が、とても怖かった。
テニスでも精神的にズタボロにされたのに、これからどんな仕打ちを受けるかと考えたら自然と冷や汗が流れた。
とりあえず幸村の後ろをついていき、部室の中に入る。
試合で流れた汗にプラスされて冷や汗までかいてしまったので、一旦落ち着こうとタオルで身体を拭う。
はやく誰かが休憩に来ないかと願っていたが、遠くから聞こえるボールの音はなかなか止みそうにない。


「仁王?」

「・・・なんじゃ」

「・・・ふふっ、肩がビクッてしてたけど、まさか本当に説教されると思った?」

「・・・え?」


幸村はベンチに座り込み、俺を指差して大爆笑しだした。
失礼だ、と言ってやろうかと思ったが、あとがこわいのでやめておく。
一通り爆笑してすっきりしたような表情の幸村が、「ちょっと仁王に聞きたいことがあってさ」と話を切り出した。


「仁王、何か悩みでもあるの?」

「いや、悩みなんて・・・」

「じゃあ何かひっかかること」


悩みと言われても何も思い付かなかったが、ひっかかることと言われて俺はすぐ、名字さんを思い出した。
幸村は俺の表情の微妙な変化に気付いたのか、「やっぱりね」となにか納得したように頷いた。


「練習中はそうでもないから良いんだけど、いつもと表情が違ったからね」


「まあ、気付いたのは柳なんだけど」と幸村は付け足し、俺を真っ直ぐ見た。
内容を話してみろ、ということらしい。


「・・・可哀相な奴が居ての。いつも一人で、周りはソイツが強がってるのに気付かないというか・・・。ちょっと、気になっただけじゃ」


誰が、とは言わない。


「仁王も他人を可哀相だって思うんだ」

「なんじゃ、それ」

「なんでもないよ。続けて」

「続けるもなにも・・・、俺にはどうも出来んよ」

「本当に?」


そう言った幸村の視線は鋭かった。
一瞬ドキッとしたが、本当に自分がどう行動したら良いのかわからないし、相手は俺を知らないし、為す術がない。
俺が何も答えないでいると、幸村は会話を打ち切って、タオルを持ち部室を去ろうと扉に手をかけた。
俺とすれ違ったところで、「行動しないで後悔していいの?」と俺を見透かしたように囁いた。