柳生と丸井に聞いた話を合わせると、名字さんは高嶺の花のような存在で少し浮いた存在らしい。
芸能人とファン、のような形に似ていると思った。
好きだ好きだと言っていても、相手は画面の向こうの存在であるから、勝手に手の届かない存在だと思い込む。
だから、近くにいてもこちらからは近付かずに、周りで噂をたてる。
本当の芸能人ならまだわかるが、名字さんは芸能人ではなく、同じ立海の生徒だ。
あの持て囃しかたは、異常だ。


柳生の居なくなった屋上でそう自分の考えをまとめていると、扉の向こうから女子の怒気を含んだ声と数人の足音が聞こえてきた。
見付かると面倒なので、素早く死角になりそうな場所に隠れた。
隠れた先から人が居るであろう場所を見れば、そこには泣いている女子一人と、それを取り囲む女子三人。
そしてもう一人。


「名字・・・さん?」


なんで名字さんが居るんだ。

あまり状況がわからずに混乱していると、泣いている女子を庇っているうちの一番気の強そうな女子が口を開いた。
俺は無意識のうちに聞き耳を立てていた。


「なんで、この子の彼氏をとったの?」


そう言えば、泣いていた女子はワッと声を上げて泣き出した。
名字さんはそれを見て少し眉間にシワを寄せる。
まるで何かに不信感を持ったように。


「・・・そんなこと、してない」

「でもこの子は彼氏と別れてるんだよ!?」

「でも、その彼氏と私とは付き合ってない。なんで?なんで、証拠が無いのに私が取ったって言えるの?」


名字さんは至って冷静な口調だった。
だけどその名字さんの言葉に、泣いていた女子がしゃくりあげながら初めて口を開いた。


「だってっ・・・彼が・・・彼が名字さんのことかわいいって言って・・・!」

「言って、どうしたの?」

「それでっ・・・」


そこからまた言葉につまり、また泣きじゃくった。
変わりに、また強気そうな女子が話出す。


「それでこの子彼氏と喧嘩しちゃって別れたんだよ!?「名字に告白すればよかった」とか言われて、可哀相とか思わないの?」


そう彼女が啖呵をきったところで、俺は少しだけ話が読めてきた。
泣いている女子が彼氏と喧嘩別れして、その時に話題に上がっていた名字さんに怒りの矛先が向いたらしい。
おそらくその友人たちも泣いている女子を非難せず、ただただ同情だけして、友人を傷付けた存在として名字さんを非難している。
余りにもおかしな話であり、陰湿である。
名字さんも話の内容が読めたようで、冷静な口調を崩さなかった。


「喧嘩したのはその子と彼氏の問題であって、私は関係ないよ。嫉妬して喧嘩したことを、私のせいにしたいだけでしょ?」

「・・・っ」

「私を責める前に、仲直りしようとしたの?」


名字さんがそう言うと、バツが悪そうな表情で、4人は屋上から出て行った。
名字さんはその後ろ姿が見えなくなったところで、力が抜けたように床に座り込み、ボーッと空を見ていたかと思えば、ワッと声をあげた。
そして、小さなこどものように泣き出した。

おそらく、さっきの女子の言葉に、態度に傷付いたのだろう。
一生懸命堪えていたものが、一気に放出されているようだった。
泣き声をあげる名字さんの傍に今にでも駆け寄りたかったが、俺が出来ることはない。
自分の無力さが、悔しかった。