いつだったか、私に彼氏を取られたと泣いた女の子がいきなり頭を下げた。
いきなりのことに私は固まってしまう。
昼休みが終わる頃、仁王くんと一緒に教室に戻っていたら、その女の子が私を呼び止めた。
こういう風に女の子に誘われていい思いをしたことがない私は、「話がある」と言われて答えに困った。
前回あんなことがあったからか、仁王くんは私の手を引いて後ろに隠れるようにしてくれる。
「違う、あの・・・二人きりで話がしたいの」
「二人で?」
仁王くんは眉間にシワを寄せた。
「仁王くん、教室戻ってていいよ」
「えっ、名字さん」
「大丈夫」
私は仁王くんの背中を押して、無理矢理な形で仁王くんを教室に向かわせた。
女の子は小さな声で「ありがとう」とつぶやいて、それから屋上へいこうと誘われた。
それから、今に至る。
屋上に着いていきなり「ごめんなさい!」と頭を下げられて、私は動けなくなる。
屋上で二人きりといえば必ずと言っていいほど脅迫のような呼び出しだったので、こうやって謝られることは初めてだった。
返事も全く思い浮かばなくて、やっとの思いで「頭をあげて」と言うことが出来た。
「許して、くれるの?」
頭をあげた彼女はおずおずと聞いてきた。
私の出方を伺ってる。
許すとか、許さないとか、正直わからなかった。
「許す、とか、・・・わからない。そもそも、怒ってはいなかったから」
そう、怒ってはいなかった。
けれども、それですんなりと貴女は悪くないのと彼女には言えない。
彼女や彼女の友人から言われた言葉には深く傷付いたし、そもそもなんで彼女が急に謝ることになったのかが分からないからだ。
「他の女の子からも同じようなこと言われてたから、慣れたのかもしれない。傷付くことはあっても、怒ることって疲れるから、もう、嫌になっちゃって。だから貴女だけに怒っても不平等だし、・・・疲れるだけだから」
もう気にしなくていいよ、と私は笑って見せた。
自分でも解るほど、上手く笑えていない。
女の子は口を噤んで、それからぽつりぽつりと謝るに至った経緯を話しはじめた。
「彼氏とちゃんと話したの。・・・名字さんに言われたとおり。そうしたらちゃんと仲直り出来たの。彼もカッとなって名字さんの名前を出しただけだって言って謝ってくれた。そしたら、私名字さんに悪いことしたことに気付いて・・・こわくて」
「友達に相談したの。謝りに行きたいって。けど、友達は名字さんならって言って謝らなくていいとか、・・・でもそれは違うってずっと思ってたのに、動けなくて」
話していけばいくほど、彼女は泣き出してしまいそうなか細い声になっていく。
聞いていられなくなった私は「もういいよ」と話を遮って彼女の手を握った。
「もういいよ。貴女がまた辛くなるだけ。・・・無かったことにはできないけど、私は貴女が謝ってくれたことは嬉しかったから」
「・・・本当に、ごめんなさい」
「もう謝るのは止めよう?」
「やっぱり、名字さんは優しいんだね。・・・仁王くんと名字さん見てると、わかる」
「すごく幸せそうだもん。お似合いだよ」と最後に笑顔を見せてくれた。
それから彼女とどうやって別れたかは覚えていないが、最後のあの言葉が耳に残って離れなかった。
私は教室に帰る気にもなれず、屋上の壁に寄り掛かって先程の言葉を反復する。
「お似合い」が意味することくらい、鈍感じゃないからわかる。
仁王くんと私が付き合ってるという噂が流れてるのは知ってたから。
しかし、「噂」にいいイメージを持っていない私はあまりそのことについて考えたことがなかったのだ。
直接に仁王くんと私が付き合ってる、ということ言われて考えてみたら、不思議と嫌じゃない。
(やだ、・・・それって、好きみたい)
もちろん、仁王くんは好きだ。
けれど今まで考えていた好きは「友達として、人間として」の好きであり、恋愛についてではなかった。
一旦意識してしまうとどんどんと顔に熱を持ってしまい、なかなか冷めてはくれない。
パタパタと手で扇いで冷ましてはみるものの、仁王くんの顔が無意識に浮かんできて効果ナシにおわる。
(・・・会いづらくなるじゃない)
初めて気付いた。
恋心は、複雑だ。