名字さんの家は学校から逸れほど離れていなく、学校の最寄の駅から二つ先の駅、しかも徒歩2分程のマンションだった。
玄関口のインターホンで教えられた番号を打ち込めば、しばらく時間を空けてから「はい?」と元気そうな名字さんの声が聞こえてきた。
え、元気そうな・・・?


「・・・誰か、居るんですか?」

「あっ、あの、仁王、・・・です」

「仁王くん?あ、今開けるね」


名字さんの声のあとすぐに、ガチャ、とオートロックの鍵が開く音がする。
てっきり風邪だと思っていたのだが、違うのだろうか。
釈然としないまま階段を登っていき再度インターホンを鳴らせば、キャーキャー甲高い声が聞こえてきて、扉の向こうから現れたのは小さな男の子だった。


「だれー?」

「えっ」

「こら、ダメじゃないハルちゃん!」


ハルちゃん、と呼ばれた男の子は「名前ちゃん!」と 元気よく走り出し、扉はバタンと閉まってしまった。
疎外感がハンパない。
こちらから開けていいのかどうか迷っていたら、すぐに「ハルくんがごめんね」と名字さんが小さな女の子を抱えて出てきた。


「名字さん・・・兄妹いたんじゃな」

「ううん、二人とも従兄妹なんだ。立ち話もなんだし、上がって?」


そんなに長居をするつもりではなかったのだが、促されるとついつい誘いにのってしまう。
シンプルだがお洒落なインテリアのあるリビングには、従兄妹たちの物であろう玩具がちらほらと転がっていた。
名字さんは抱えていた小さな女の子(はなちゃん、と呼んでいた)をソファに降ろしてあげると、「何か飲む?」と首を傾げた。


「いや、気にせんでええよ」

「ううん、麦茶とコーヒーくらいなら、すぐに出せるから」


名字さんがそう言うと、戦隊モノのロボットを腕いっぱいに抱えてやってきたハルくんが、「むぎちゃ、のむ!」と元気よく答えた。
つられてはなちゃんが、「のむ!」とハルくんの真似をした。


「ホラ、仁王くんも」

「・・・じゃあ、麦茶」

「いっしょだね!」

「いっしょ!」


一緒なのが嬉しいのか、二人が俺の膝に突撃してきた。
危うくバランスを崩して転んでしまう所だったが、爪先に力を入れて何とか耐える。
その様子を名字さんはクスクス笑いながら見てから、「じゃあちょっと待っててね」とキッチンに消えた。


「におうくん、あそぼ」

「だっこ!」

「えっ、ちょっと待ちんしゃい」

「おれ、オーズやるから、におうくんわるもの、ね!」

「におくん、だっこ!」


ハルくんもはなちゃんも、なかなか人の話を聞いてくれない。
暫く小さい子の相手をしたことがなかった俺は困りに困ったが、はなちゃんが「だっこー・・・」と泣きそうな表情に変わっていったので、先にはなちゃんを抱き抱えることにした。
ハルくんは大層不満そうな顔をする。


「におうくん、はなばっかりズルイ!」

「スマンなあ、ハル」

「名前ちゃんにいいつけてやる!」

「ちょっ、それはダメじゃ!」

「名前ちゃーん!」


俺の制止も聞かずに、ハルくんはロボットを抱えてキッチンに走っていった。
名字さんに嫌われたらどうしよう・・・と片手で頭を抱えていたら、はなちゃんに頭をよしよしと撫でられた。