「仁王、名字さんと付き合ったんだって?おめでとう」
「・・・は?」
「幸村、廊下でそのような話をするな」
「いいじゃないか、友人のおめでたいことを祝う事は悪いことじゃないだろ?」
「いや、だから、なんのことじゃ」
廊下をブラブラしていたらたまたま幸村と真田が話しているのがみえた。
すれ違いざまにちょっと挨拶をして教室に戻るつもりだったのだが、先ほどの幸村の言葉に捕まってしまい、勘違いされたまま話はしばらく続いてしまった。
どうやら真田も幸村と同じような勘違いをしているらしく、ほんのりと頬を染めていて、まあ、何と言うか、面白い。
しかし試合でもないのに嘘をそのままにしておくのも気が引けるので振られた話題を否定すれば、幸村の顔が一瞬にして変わる。
まるで、情けないとでも言いたそうな表情だ。
「・・・仁王、情けないよ」
「・・・プリッ」
本当に言われてしまった。
幸村曰く、俺と名字さんの仲はもう誰が見ても恋人同士そのものの空気感らしく、あまり噂を信じたりはしない幸村や真田さえ信じてしまった程なんだとか。
本当のことではないのだが、片思いの相手とそんな関係に見られるのは悪い気がしない。
思わずにやけてしまうと、真田にだらし無いと叱られてしまった。
「まあ、仁王がソレで幸せならいいんだけどさ」
うかうかしてると取られちゃうよ、と幸村は笑顔で釘を刺していった。
急に不安に駆られた俺は真田と幸村に別れを告げて、名字さんのクラスへ駆け込んだ。
しかし名字さんは教室にはおらず、柳生が「今日は名字さん休みですよ」と教えてくれた。
「・・・休み?」
「ええ。てっきり仁王君なら知っているのかと・・・」
「・・・いや」
そういえば、俺は名字さんの電話番号はおろかメールアドレスも知らないのだ。
それに未だ「さん」付けで呼んでいる。
それで本当に仲がいいと言えるのか不安になってきた。
柳生はそんな俺の表情の変化に気付いたらしく、ちょっとだけ笑った。
おいこら、笑うんじゃなか。
「仁王君、そんなに心配なのでしたら、名字さんの家に行けばいいじゃないですか」
「・・・場所知らんもん」
「なら、聞けばいいじゃないですか」
「誰に」
「先生にですよ」
「担任の先生が、名字さんに渡さなければならないプリントを持って行ってくれる人を探していましたよ」と柳生は俺の背中を押した。
行ってこいということらしい。
柳生の後押しに勇気付けられた俺は、「サンキュ」と手短に礼を言って職員室へと駆け出した。
A組の担任に、名字にプリントを届けると話したら呆気にとられた表情をされた。
今まで同じクラスにもなったことがない俺と名字さんに接点あったことが不思議で仕方がないらしい。
いちいちそのことを説明するのも面倒なので、住所が書かれた紙とプリントを貰ったらすぐに職員室を離れた。
授業も出る気にはなれなくて、教室には戻らず名字さんの家へと向かうことにした。