「欲しいものはなんでも持っている」とあの子は私に言った。
そんなこと、あるはずがなかった。
あの子にとっては、私はあの子が「欲しい」と思うもの全てを盛っているようにみえるのかもしれないが、私はこっちに編入してから一度も、「欲しい」と思ったものを手に入れていないのだ。
やっと手に入れられたと思ったと思ったのに、それすら許されないのかと思ったら、悲しさで溢れて何も言えなくなった。

仁王くんに助けて貰っても、悲しさは全く消えて行かなかった。
掴まれた腕の力強さは確かに温かかったのに、周りは私がその温かさに触れることを許さない事実を知ったからだ。


「・・・にお、くん」


助けて。
なんて、やっぱり言えない。
嫌われることが嫌いな私は、欲しいものを手に入れないことに決めた。






「・・・にお、くん」


旧図書室がすぐそこまでの距離になった時、名字さんが今にも消えてしまいそうな声で俺を呼んだ。
歩く足を止めて名字さんの顔を覗きこめば、左頬を少し赤くした彼女が「仲良くしてくれなくて、いいよ」と俺を突き落とすようなことを言った。


「・・・なんで」

「仁王くんが私と一緒にいても、・・・噂だってされるし、いいことない」

「そんなの気にせん」

「それに、あの子たちも悲しむから」


「私なんか気にしないで」と小さく笑った名字さんを見て、心臓がチクリと痛んだ。

頼むから、そんなこと言わないでくれ。
俺から離れていかないでくれ。

そう気持ちが頭を焦らせて、気付いた時には名字さんを逃すまいと自分の腕の中に閉じ込めていた。


「・・・嫌じゃ。一緒に居たい」

「仁王くん・・・」

「名字さんは、俺のこと、嫌いなんか」

「そんなこと・・・っ」


その後に言葉は続かず、代わりにしゃくりあげる声が聞こえてきた。
じわり、とシャツが温かく湿るのを感じ、名字さんが泣いているのが伝わる。
やっと名字さんの本音が見えてきたような気がして、俺のシャツを掴んで離さない名字さんが愛しくて、安心して、ふと涙が流れてきた。
止めようにも、止まらない。
人前でこんなに涙が出たのは初めてでどうしたらいいかわからなくなっていたら、俺の異変に気付いたのか少しだけ顔をあげて、じっと俺の顔を見ていた。


「仁王くん、・・・泣かないで」

「止まらん。どうしたらいいんじゃ」

「・・・わからないよ。でも、仁王くんが泣いたら、私も悲しい」

「なら、側におってほしい。離れていかんでほしい」


名字さんがいなくなったら、俺は悲しさに押し潰されてしまうかもしれない。
不安を無くすように名字さんを力強く抱きしめると、しばらくしてから、弱々しくはあるが俺の背中に名字さんの腕が回った。
抱きしめられて感じる暖かさに胸を締め付けていたものがなくなっていき、じんわりと解れていくような気がした。


「仁王くん、・・・ごめんなさい。ありがとう」


私もそばにいたい、と一番小さな声が聞こえた。