人の噂は75日と言うが、その間に人づてで広まりに広まり、その噂の中心人物が有名であればあるほど内容はあらぬ方向にズレて膨れ上がる。

前から注目はされていたが、ここ数日は更に酷かった。
廊下を歩けばジロジロと見られ「あの名字さんと」とヒソヒソ声で噂される。
最初はなんのことだと思ったが、丸井に「お前名字さんと付き合ってんの?」と聞かれた時、噂の中身がハッキリした。

情報源は、恐らくあの廊下で話しかけてきた女子だ。
誰も来ない旧図書室に俺と名字さんが居るなんて知っている奴はいない。
あの日見た、女子以外。
女子はどうも噂が大好きだから、そして仲間うちで作った敵を悪く言うのも好きだから、きっと噂は悪い方向に膨らんでいく。
もしも彼女になにかあったらと考えたら、凄く怖くなった。
一緒に居られない、なんてことになったら。
・・・悪い予感は、いつも当たるのだ。


4時間目終了を教師が告げると共に、急いで1組の教室まで向かった。
すぐ隣の教室だから間に合うと思ったが、教室を覗いても名字さんの姿はない。
もう旧図書室へ向かったか、或は


「仁王、何かウチのクラスに用か?」

「・・・真田」


教室の扉近くに居た真田が俺に気付いたらしく、話しかけてきた。
柳生が名字さんと同じクラスだと言っていたから、真田とも同じなのか。


「柳生なら、生徒会室に居るが・・・」

「違う」

「む?」

「柳生じゃない」


真田は柳生に用があるとばかり思っていたらしく、首を捻っていた。


「名字さん、知らんか」

「名字?・・・先程、数人の女子に呼ばれていたな。何処に行ったかは知らん」

「そうか。助かった」

「・・・名字と、仲がいいのか?仁王」


仲がいいと言っていいのだろうか。
俺と名字さんのこの関係は凄く微妙で不安定なものだから、ここで断言して後で否定されたら辛い。
だけど、確実に言えるのは


「名字さんが、心配なんじゃ」


「じゃあ、急ぐ」と真田に言い残して俺は屋上へと向かった。
この学校内で昼休み中、一番人目に付かないのは屋上なのだ。
階段を駆け上がり少し錆びた扉を開けたのは、この間の女子が名字さんの頬を叩いたのと同じタイミングだった。

何で、名字さんが叩かれなきゃいけないのだ。
驚きと怒りが入り混じった俺も、俺に見られて動けなくなった女子も、一緒に来ていた女子も、誰もが一瞬固まった。
その沈黙を破ったのは名字さんで、「におう、くん」と小さな声で俺を呼んだ。
助けを求められているような気がして、俺は名字さんの手を取って自分の側に引き寄せる。
名字さんの頬は少し赤くなっている。


「・・・何、しとんじゃ」


キッと女子たちを睨めば、彼女たちは分かりやすく怯む。
名字さんをひっぱたいた女子はわっと泣き出し、代わりにグループのリーダーらしき女子がたどたどしく口を開いた。


「・・・名字さんが、いけないのよ。貴女が、アキの気持ちを考えないから」

「・・・」

「美人で、いい子で、何でも持ってるじゃない。・・・少しくらい譲ったら、どうなのよ」


何を言っているのかはよくわからなかったが、彼女の言葉で名字さんは苦しそうな顔をした。
そんな顔、してほしくない。


「・・・仁王くんは、名字さんの味方なの?」


啜り泣きながら「アキ」と呼ばれた女子は言う。
自分から手を出しておいて、被害者のような態度をしているのが気に食わなかった。


「・・・ああ、そうじゃ。名字さんが俺と一緒に居てくれるなら、俺はずっと名字さんの味方でいる」


それだけはっきりと言ってから、名字さんの手を引っ張って屋上から飛び出した。