いつの間にか、昼休みに一緒に弁当を食べる相手はテニス部の仲間から名字さんになっていた。
何回も来ていたら不審に思われるかと思ったが、名字さんは嫌な顔一つせずに、むしろ笑ってさえくれた。
それに安心しきって、いつの間にかカッコつけることも忘れて、でも焦ることはなかった。
詐欺師で、飄々としていて、他人には興味がなさそうで、・・・それが他人から見た俺であり、そしていつのまにか演じていたのだ。
けれども、演じ続けるのは疲れる。
嫌になって、でも止められなくなっていた。


「・・・仁王くん?」

「・・・!」

「あ、図書館以外でちゃんと会うの初めてだね。びっくりした?」


名字さんが何故俺の教室にいるのだ。
俺の驚いた顔を見て、「ふふっ」なんて可愛らしく笑ってみせた。
あ、可愛い。


「仁王くん、ここのクラスの図書委員って、今いるかな?」


「プリント渡さなきゃいけないんだ」とクラスの人数分あるであろうプリントの束をみせた。
可能性は限りなく低いのに、俺に会いに来てくれたのかなんて妄想していた俺はちょっとマヌケに思えた。
ぐるりと教室内を見渡してみたが、図書委員は二人揃って出かけているようだ。
いないことを名字さんに伝えれば、眉尻を下げて「そっか」と残念そうに呟いた。


「ごめんね、ありがとう」

「いや、たいしたことないから」

「ふふっ、仁王くん、やっぱり優しいね」

「・・・プリッ」

「あ、照れてるでしょ」


「可愛いー」なんて頬をつっつかれて、顔が赤くなった気がする。
ここ数日、毎日会っているせいか名字さんに見抜かれ易くなっているのは気のせいなんだろうか。
仕返しに「名字さんのが可愛いナリ」と言えば何でもなさそうに「ありがとう」と返されてしまう。
・・・言われ慣れてるのだろう。


「じゃあまた来るね。バイバイ、仁王くん」


プリントを抱え直して名字さんが俺に手を振ってでていった。
その背中を見つめていたら、名字さんて入れ違いで丸井が入ってきたのが目に入る。
名字さんを見て驚いた表情をした丸井を見て、名字さんがそういう扱いされてるんだな、とぼんやりと思った。
ずっと名字さんが出ていった教室の扉を見つめながら自分の席に戻ってきた丸井が「なあ」と俺に声をかける。


「椿、何でウチのクラスに来てたんだよぃ?」

「つばき?」

「名字だよ」

「・・・ああ」


そんなあだ名で呼ばれていたなと思い出す。
「委員会の用事」と答えれば、「へぇ」と興味なさそうに答えていた。
じゃあ聞くな、と言いたくなる。


「・・・あと、俺達すっげー見られてね?」

「いつもの事じゃろ」

「まあ、そうなんだけどよ」


丸井に言われて何となくまわりを気にしてみたら、いつもより視線が増えているのがはっきりとわかった。
おそらく、原因は、名字さん。


(どうしてこんな事になるんじゃろうな)


はあ、と気付かれないように小さな小さなため息をついた。