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見た目も味もパーフェクトなノボリさんの朝食をいただいたあとは、朝からお仕事だというクダリさんを見送ろうと思ったのだが、あまりにも彼のシャツがシワシワだったため、ノボリさんにアイロン道具一式を借りてクダリさんのシャツをひったくった。
「下も脱ぐ?」なんて言ってたような気もするが、無視だ、無視。
アイロンが十分に温まるまでアイロン台を挟んでクダリさんと二人で正座して待っていたら、「なんで一緒に寝てたの?」とクダリさんは首を傾げて聞いてきた。
「ちょっとしたトラブルで、私のベッドとか、届いてないんですよ。だから、今日だけ一緒なんですよ」
「ふうん」
アイロンが温まったので、クダリさんのシャツを広げてシワを伸ばしていく。
あまり時間をかけるわけにもいかないので、軽くだけかけることにする。
「なんだか、新婚さんみたい!」
「へ?」
「アイロンかけてもらうの、久しぶりなんだもん。ノボリに頼んでたけど、怒ってやってくれなくなっちゃったから」
ある程度綺麗になったシャツを手にとったクダリさんは、まだほんのり温かいそれを着てニッコリ笑った。
クダリさんの笑顔、可愛い。
「あったかいシャツ、きもちい!またアイロンかけてね!」
「アイロンくらいなら、毎日でもやりますよ?」
「ホント?じゃあ毎日シャツ持ってくる!」
両手を掴まれてぶんぶんと揺さぶられる。
仕事はいいのかと心配になってきたところで、茶碗を洗い終えたノボリさんが「そろそろ時間ですよ」とクダリさんを止めてくれた。
揺さぶられ過ぎて、腕が少し痺れた。
「もうそんな時間?」
「ええ、走らなければ遅刻ですね」
「ぼくいってくる!」
「 あ、いってらっしゃい、です」
はたして「 いってらっしゃい」であっているのかどうか疑問だったが、クダリさんがニッコリ笑って「いってきます!」と頭をわしゃわしゃ撫でてくれた。
そしてクダリさんが家を出たあとは、まるで嵐が去ったようだった。
「…ナマエ様」
「はい?」
ノボリさんに呼ばれて横を向くと、少し難しい顔をして、「…なんでもありません」と濁された。
「なんでもないんですか?」
「…ええ」
「ノボリさん、遠慮とかヤですよ」
そう言ってジッとノボリさんの目を見る。
ノボリさんがイケメンすぎて恥ずかしくなってきたが、目をみて話せば相手は嘘を隠しきれなくなると、昔はモテたと自慢するおばあちゃんが言っていた、気がする。
私が恥ずかしさで死にたくなる前にノボリさんが折れてくれるようにと願っていたら、どうやら想いは通じたようで、ノボリさんが「話しますから、あまり見つめないでくださいまし…」と私からの視線を遮るように片手で目を覆った。
「…クダリが、少し羨ましかったのです」
「クダリさんが?」
「…ええ」
ノボリさんは私が驚くくらい真っ赤な顔をするので、私まで恥ずかしくなってきてしまった。
なんとか話題を逸らそうとしたが、残念なオツムではそうすぐに言葉は浮かばず、目が泳ぐだけ。
お互いに気まずくなり、荷物が届いたインターホンが鳴るまでこの変な空気は続いてしまった。
「ベッドは、こちらのドア側でよろしいでしょうか」
「うーん、入口より窓近くの方に置こうかなあ、いやでも、うーん」
ノボリさんの提案に私は渋る答えを出す。
引っ越し屋さんの手持ちであるナゲキとダゲキにベッドを持ち上げてもらっているのに、私はベッドの位置を何処にするか迷いに迷っていた。
二匹ともそろそろ痺れをきらしてしまいそうなので、とりあえずノボリさんの提案に乗るかたちでドア側の奥に置くことにした。
これが最後の荷物だったので、引っ越し屋さんにお礼を言ってあとは自分で片付けることにした。
洋服関係は下着等もあるためノボリさんが仕事にでてからにするとして、雑貨や本を先に片付ける。
ノボリさんはファッション雑誌をひとつひとつ興味深そうに見ながら、本棚にしまっていた。
「なにか、気になることでも載ってたんですか?」
「いえ、ナマエ様はこのような洋服が好きなのかと思いまして。しかし、こう薄着のものは…」
「ぎゃあそれは見ちゃだめ!」
慌てて雑誌をひったくって隠すと、なにが起きたのかわからないという顔をした。
ノボリさんが手に持っていたのは下着のファッション紙だった。