1
「シャンデラ」
私より先に公園へ行ってしまい、花壇のチューリップを興味津々で見ていたシャンデラを呼べば、「シャン!」と嬉しそうに私の傍に戻ってきた。
紫色に淡く光る身体を撫でてあげると、嬉しそうにポッポッと炎を強くする。
長期旅行用のトランクを自分の方に引き寄せてから近くのベンチに座ると、頭の炎を弱めて私の膝にシャンデラも座った。
「疲れた?」
「シャン・・・」
「あはは、長旅だったもんね。ボールに戻る?」
「シャーン!」
疲れていてもボールに入るのは嫌なようで、モンスターボールをちらつかせると強く抗議された。
いつまでもボールを出しているとまた怒られてしまうので、ボールを小さくしてポシェットにしまい込む。
シャンデラは安心したように目をつぶり、お昼寝を開始してしまった。
動けなくなった私は小さくため息と笑みを零して、買ってきたビレッジサンドにかぶりつく。
私がこうしてホウエンからイッシュのライモンシティにやって来た理由は、学校に通う為である。
親戚のツテというツテを調べ上げて、従兄弟のそのまた従兄弟がその学校の近くに住んでいることを知った。
もはや他人の域だが、断られることを覚悟して頼んでみれば「家のことを手伝ってくれるのなら」という条件でOKを貰えたのだ。
それから必死で料理を勉強してなんとかレパートリーを増やし、今に至る。
ビレッジサンドの最後の一口を放り込んで、包み紙をくしゃくしゃと丸めてビニール袋に収める。
待ち合わせの時間はとっくに過ぎているのだけれど、その人が現れる気配はない。
何度も腕時計を見ているが、短針も長針も全く進んでいない。
騙されていたらどうしよう、だとか、もしも変な人だったらどうしよう、だとか不安が頭を過ぎる。
ぐっすり眠っているシャンデラを撫でて気を紛らわしていると、背後から「もし」と声をかけられる。
「ナマエ様ですか?」
「はい、ナマエです」
振り返った先にいたのは黒のロングコートを羽織った背の高い男性。
口は「ヘ」の字に曲がっていて不機嫌そうに見えるが、「わたくし、ノボリと申します」と自己紹介してくれた口調はとても優しかった。
「申し訳ありません。仕事の方が長引いてしまいまして、お迎えが遅くなってしまいました」
ノボリさんにぺこりと頭を下げられ、慌てて「待ってないです!」と頭をあげてもらう。
「お仕事忙しいのに来てもらっちゃって・・・、逆に申し訳ないです」
「いえ、大丈夫です。長旅でお疲れでしょう。家に着いたら、今日はゆっくり休んで下さいまし」
「行きましょうか」とノボリさんがトランクを持ち手を掴むので慌てて自分が持とうとしたら、「女性に重たいものは持たせられません」とやんわり断られた。
未だ眠っているシャンデラを起こしてノボリさんの半歩後ろを着いていく。
シャンデラはまだ眠いらしくふよふよと色んな方向に飛んでいくので、危ないと判断した私はボールに戻した。
「ナマエ様もシャンデラを使っているのですね」
「ノボリさんもですか?」
「ええ、少し人見知りですが、とても可愛らしいシャンデラが」
目を細めて少しだけ微笑むノボリさん。
ノボリさんのシャンデラはとっても愛されているなあ、と分かり、私まで嬉しくなってきた。