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「そう言えば」とノボリさんから手渡されたのは、ヒトモシのキーホルダーがついた家の鍵。
丁度私もノボリさんに外出する事を伝えようとしていたところだったから、タイミングがよかった。
「でもあれ、今日が大学の入学式だって伝えましたっけ」
「入学式!?」
ノボリさんは鞄を落として私の肩を揺さぶる。
「落ち着いてください」と言おうとしたが激しく揺さぶられてなかなか言葉がでない。
ようやく開放されたときには、揺れで完全に酔っていた。
「なぜわたくしに言って下さらないのですか…」
「参加するのは私だけじゃないですか」
「保護者として…ナマエ様の晴れ姿を見たかった…」
「晴れ姿は入学式ではなく成人式です」
「…入学式は、何時から?」
「教えたら来そうなので教えません」
ぴしゃりと言い切れば、ノボリさんはがっくり項垂れた。
仕方がないので、入学式が終わったらライブキャスターで連絡をとる約束をしてノボリさんを職場に送った。
ノボリさんのことも、扱い方もわかってきた気がする。
「…よし」
私も準備をしよう。
軽くシャワーを浴びて化粧をすれば、きっともう出る時間になる。
そんな余裕こいてる場合じゃなかった…!
時間を30分ほど勘違いしていた私は、もう一匹の相棒であるチルタリスの背中に乗ってライモンの空を飛んでいた。
風で髪が乱れるのも気にせずに、チルタリスに速度をあげてもらう。
「ごめんね、あとで美味しいご飯買うから…あと毛繕いもいっぱい」
振り落とされないようにチルタリスの首に回した腕に力を入れて抱きしめると、彼女は「キュウ」と涼しい声で鳴く。
なんとか開演10分前に到着し、隣の席に座った子と話しているうちに式は終わっていた。
友人になったその子と別れ、さあ帰ろうとした時にノボリさんとの約束を思い出す。
傷一つない黒色の鞄からライブキャスターを取り出し、初日に教えてもらった番号を選ぶ。
5回のコールの後、息を切らしたノボリさんが画面に映る。
「ナマエ様、いま、終わったのですか?」
「はい。もしかして、忙しいですか?それならすぐ切りますけど…」
「いえ、…と言いたいところなのですが、挑戦者がそろそろやってくるのです。ナマエ様のスーツ姿が少ししか見られないのは悔やまれますが、サブウェイマスターとして職務を疎かにすることは許されません」
「…恥ずかしいこと言いますね」
思わず顔を伏せる私。
しかしノボリさんには自覚が無いようで、首を傾げるだけだった。
「じ、じゃあ、忙しいようなので切りますね!晩ご飯作って待ってます!」
それだけ言って、私はノボリさんの返事も聞かずに通信を切った。
はああ、とため息が出る。
鞄にライブキャスターをしまい再びチルタリスを出せば、チルタリスは私の顔が赤いのを心配して頬擦りしてきた。
このこはほんと、気が利く。