シャボンディ諸島に着いてペンギンのあとについて回っていたはずのナマエは、気がついたら知らないところに立っていた。ペンギンのあとをただひな鳥のように何も考えずに歩いてきていたせいで、潜水艦を置いている場所もわからない。けれどナマエは特別焦ることもなかった。歩いていればいずれ見たことのある景色にたどり着くだろうし、何よりペンギンたちが探しに来てくれるであろうことは想像に難くなかったからだ。ハートの海賊団を表すつなぎも着ていることだし、絡まれて騒ぎが大きくなれば間違いなく来てくれるだろう。
 そんなことを考えているうちにナマエの意識はぼんやりとしてきて、適当なところで眠ろうと木を駆けのぼり、太い枝に身体を預けて目をつぶることにした。数分も経たないうちにほとんど眠りについていたナマエは、突如として何かに引っ張られたかのような感覚を覚えて目を開いた。すると何者かが手を突き出していて、そこに自分が意思に関係なく引っ張られていることがわかる。同時にその人物が何者なのかも把握してナマエは腰に差していた柳葉刀を惜しげもなく投げ捨てた。予想していた通り、柳葉刀は男に引き寄せられ、その手の中におさめられた。


「ユースタス・“キャプテン”・キッド……」

「よお、“断臂”」

「……どうも?」


 普通に挨拶をされたナマエは首を傾げながらそう答えた。ペンギンが言っていたことをぼんやりと思い出す。『挨拶されたらちゃんと返事すること』。本来それはハートの海賊団にのみ適応されることだったのだが、ナマエにはそういったことに気を回せるほど脳に容量が余っていない。攻撃されたとすれば嬉々としてキッドへ襲い掛かったところだが、『挨拶をする』という戦闘とは関係のない行動のため、そうはならなかった。キッドはナマエの行動に面を食らったようにほんの数コンマ一秒ほど思考が止まったが、その間にもナマエは攻撃してこなかった。それどころか木から降りてきて手を差し出してくる。


「返して。なくすとキャプテンに怒られる」

「あ? そんなこと知るか。お前が投げ捨てたんだろ?」

「返してくれないの?」

「さあ、お前次第だな」


 お前次第、とはどういうことだろうか。ナマエは考えてみたが、すぐに考えることが面倒になった。返してくれないのなら自分から取り返せばいい。まったく警戒していないキッドの目の前で、つなぎの内側から匕首を取り出した瞬間そのままキッドの首を狙う。キッドがとっさに避けたために刺さりはしなかったがそれでも傷を作る事には成功した。慌てて距離を取ったキッドをナマエが追撃することはなく、ぱっくりと切れた首からどくどくと流れ出てる血をただ見つめていた。首を押さえながらキッドの顔が笑う。


「……てめェ、思ったよりやる気じゃねェか」

「返して。返してくれないなら、殺すけど」

「ふん、刃物を使うお前がおれに……!?」


 わずかな痺れがキッドの腕に走った。その違和感のあとうまく身体が動かないと気が付くまでにそう時間はかからなかった。キッドの視界をぼんやりとした影が襲う。すこし遠くで、ナマエが匕首をくるくると指で回している。それを懐にしまい、ナマエはにっこりと楽しそうに笑った。


「毒も使うよ、おれ」


 うかつだった、と考えたところで既にキッドの視界は奪われ、足の感覚さえ曖昧になっていた。がくりと膝をつくとナマエが近寄ってくる。それでも殺される気にはなれず、ナマエがいるであろう方向を睨みつける。すると突然食いしばった歯の隙間からどろりとした苦い液体が入ってきてキッドはそれを吐き捨てようとした。しかしぐっと顎を押さえられては口は開かない。暴れるキッドに対し、気の抜けるような声が聞こえてきた。


「解毒剤だよ、すごいまずいけどねー……キャプテン曰く悪魔の実よりまずいんだって。おれ食べたことないからわかんないけど、比較対象にされるってことはよっぽどまずいんだね、悪魔の実」


 キッドが飲み込んだことを確認するとナマエはキッドから離れ、自分が投げ捨てた柳葉刀を拾って腰に付け直す。普段通りの格好になると、キッドをすこしだけ引きずり、木の幹に身体を預けられるようにさせる。そうしてキッドの視力が回復するまでぼうっとキッドのことを眺めていた。視力が回復したキッドは、じいっと眺めてくるナマエと視線が絡んで舌打ちをする。


「何してやがんだ、てめェ……」

「ん? んー……暇だから眺めてた?」

「あ? とっとと帰るなりなんなりすりゃあいいだろ」

「あ、そうだ、おれ迷子なんだった」

「……はあ?」

「迷子。どこ帰ればいいかもわかんないけどね。まあどうにでもなるんじゃない?」


 一億五千万もの賞金をかけられているはずの“断臂”のナマエはどこまでもマイペースで、キッドは自分が喧嘩をふっかけたことも何もかも馬鹿らしくなってしまった。身体が徐々に動き出したことを指先の感覚で確認し、ゆっくりと立ち上がる。ナマエは何をするわけでもなく、ただキッドの一挙一動を眺めていた。キッドが動き出しても何もしないナマエにもう一度舌打ちしてから視線を向ける。間抜けな顔をしたナマエがそこにいた。


「おい、ハートの奴らが見つかるまで一緒に来るか?」

「……ん? なんで?」

「暇なんだろ、てめェ。こんなとこに居たって何にもねェぞ」

「木とかあるよ?」

「……いいから来い、お前の仲間一緒に探してやるから」

「んー……わかった」


 ナマエはゆるゆると動き出して、警戒もせずにキッドの横に並んだ。この距離ならお互いがお互いを簡単に殺しせしめるというのに、ナマエは何も考えていないかのごとく、ふらふらと歩き出した。そしてはたと気が付いたように振り返り、にっこりと笑って言った。


「あ、そうだ、次はちゃんと殺し合おうね〜、キッド」


ぬかりの多い人生

『抱きしめた責任はとれよ』の続きで他の海賊団でも可@黒い鳥さん(1600hits!)
リクエストありがとうございました!

断臂(だんぴ)→肘を断ち切ること
匕首(あいくち)→中国の鍔のない短刀



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