ナマエはとにかくぼうっとしている男だった。趣味は睡眠、特技は流れる雲や波の飛沫を見てあれがもしなんとかだったらと妄想すること。常時ぼうっとしていると言っても過言ではないナマエは、口をぽかんと開けたまま何かを考えていることがとても多くてとても戦闘員とは思えない。それなのにナマエは戦闘の時だけは生き生きとして人一倍張り切って頑張ってみせる。──俗に言うギャップ。それがナマエという男がモテる理由だった。

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 今日はいい天気だからということで潜水艦は浮上していた。甲板もたまには日に当ててやった方がいいということだろう。半日ほど日に当てられた甲板はすでに水気もなく、昼寝には最適と言ったところだ。おれは甲板の端っこでしばらくぶりの日光浴に明け暮れていた。たまには日の光を浴びないと病気になるとキャプテンも言っていたし、やることもやりたいことも今は特にないし、日光浴にはぴったりだった。
 そう思ったのはおれだけではなかったらしく、植物のようにナマエが甲板で光を浴びている。その横ではシャチとベポが遊ぼう遊ぼう構って構ってとばかりに話し掛けていたが、ナマエは面倒くさそうな顔をして「おれはいいよ〜……ふたりであそびなよー……」と断っていた。まるで船と一体化したように見えるナマエからは動きたくないという意思が如実に伝わってくる。


「いいじゃねェか〜! 久しぶりに晴れたお日様の下にいるんだぞ? なんかして遊ぼうぜー!」

「ナマエ、早く早く!」

「げんきだね……おれ、むり」


 しっしっ、とにべにもない動作でシャチとベポを追い払い、ナマエは壁に寄りかかってぐでっとしている。ただ遊びたいだけじゃなくてナマエと遊びたいというのに、それすら伝わっていない二人を不憫に思った。さすがにそれはない。二人も落ち込んでしまっている。ならば、と横を陣取った二人にちらりとだけ視線を向けてそれで終わりだ。会話もない。さらに二人は落ち込んだ。可哀想にしか見えない。


「ナマエ」

「あー、キャプテン……」


 歩いてきたキャプテンに声をかけられたナマエが間延びしたほわほわとした声で言葉を返す。既にナマエのまぶたは三分の一ほど閉じられていて、その顔を見ているだけで眠くなりそうな気にさせられる。キャプテンもそう思ったのか定かではないが、ゆっくりとした歩調で近づいて行って座り込んでいるナマエの頭をゆるりと撫でる。その手が気持ちいいのかナマエのまぶたは三分の二仕事を放棄し始めた。もう少ししたらナマエはぐっすり寝るだろう。


「眠いのか」

「ん? んー、んー……」


 ほとんど寝かけているといってもいいナマエは、ぼんやりとした頭でも一応返事をせねばなるまいとは思っているようで、キャプテンの言葉によくわからない返事を繰り返していた。今なら何を言ってもイエスと答えそうだ、とおそらくキャプテンは思っているに違いない。今はそういう悪い顔を隠しているだけなのだ。


「……ナマエ、寝るか?」

「……んー」

「じゃあおれの部屋に来い、でけェベッドがあ」

「それはいいやあ……」


 ナマエはほとんど意識が飛びかけているのにも関わらず、キャプテンの言葉を一刀両断にした。あからさまな誘い文句を最後まで言わせてすらもらえなかったキャプテンはどぎつい舌打ちを噛ましている。その舌打ちはもうナマエには聞こえていないようで、もたれかかっていた壁からずりずりと崩れ落ちて床に倒れこんだ。もう寝るんだろう、毛布くらいかけておいてやるか、とその場から立ち去ろうとしたおれの背に、ナマエの気が抜けた声がかかる。


「ぺんぎーん……」

「……なんだよ」


 ナマエ以上にキャプテンやらベポやらシャチから視線を向けられて萎縮する。ナマエがおれを引き留めたからってそんな目で見るのはやめてほしい。男の嫉妬は見苦しいとはよく言ったものだが、キャプテンのものだけは嫉妬というより殺気に近い気がする。勘弁してほしい。
 おれが顔を引きつらせていることなど気が付きもしないナマエは立ち上がることもせず、ずりずりと匍匐前進のように身体を床に這わせておれの足元まで来た。何をやってるんだ、こいつ。そういう目で見ていたら、足首をつかまれる。眠いせいかさほど力は入っていない。


「へへへ、つかまえたあ……」

「な、ばっ!」


 末恐ろしい発言を噛ますナマエを叱咤するよりも早く、ナマエがおれの足を引っ張った。予定していなかった動きに体勢を崩し、後ろ向きに転びそうになる。足をつかまれているためバランスを取ることもできず、せめて頭だけでも守ろうと手を頭の後ろに持っていくが、頭を打ち付けるようなことにはならなかった。


「ごめん、大丈夫?」

「……まあな」


 人の腕の感触がして目をあければ、先ほどまでおれの足をつかんでいたナマエが立ち上がっておれの身体を支えていた。謝ってきたから、お前のせいだろとは言わなかったおれはえらいと思う。恨み言の一つや二つ言いたくなるほどの視線を今なお受け続けているのだから、おれというやつは本当に優しい。というか、今の状況はいわゆる抱きしめられているというもので……。背中がじっとりと汗をかく。ナマエはへにゃりと笑った顔を近付けてきて、ちゅ、とおれの口の端に触れるか触れないかぎりぎりのところに唇を押し付けた。


「部屋で一緒に寝よう、ペンギン」


 思わず悲鳴をあげそうになった。お前さっきキャプテンの誘い断ったばっかじゃねェか! おいやめろ、そんな目で見るな、勘違いしちまうだろうが!

抱きしめた責任はとれよ

ハートの海賊中心逆ハーでペンギン落ち@黒い鳥さん
リクエストありがとうございました!


mae:tsugi

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