ドフラミンゴも先天性女体化


「……海賊になってもいい、が、いくつか条件がある」


 寝る間を惜しみ、一晩考えて出した結果がそれだった。ソファに座っているローを見下ろしながらそう言えば、何度かまたたきを繰り返したのち、にいっと笑った。笑い方はおれにそっくりで可愛いが、だと思ったとばかりの含みがあることを考えれば生意気で可愛くない。でもそこが可愛い。それが親馬鹿の葛藤である。


「まず第一に、おれも連れていくこと。第二に、準備のために少し期間の猶予を取ること」

「ああ、構わねェ」

「……今日出るつもりだったんじゃねェのか?」

「いや? 元々そのつもりだったが」


 ……昨日、明日出るとか言ってたじゃねェか。思わずその考えが顔に出たのだろう。ローはニヤニヤとしたまま「ナマエを連れていくのなら当然だろ?」と言った。まんまと嵌められたらしい。ローの頭が良すぎておれの頭が痛い。もしかしたらおれが本気で反対したら言うことを聞いたのではないかと今更ながらに思った。だが既に許可を出してしまっているし、その許可を取り消すことはできないだろう。一度自分の考えに伴って口に出したことを否定するだなんて、信念に反するというか、嘘をついたことになるというか。ため息をつきながらも頭を押さえ、すぐに手を離す。真剣な表情を作ればローもニヤニヤ顔から多少真剣な表情に変えて居住まいを正した。


「それから、もう一つ。一番大事なことだ」

「……なんだよ」

「お前の海賊旗を掲げるな」


 おれが言い切るとローの眉間にぐっとシワが寄った。そりゃそうだ、海賊旗を掲げない船は海賊船でもなんでもない。むしろその船で海賊行為を行うなど、海賊にも劣る立派なクズの出来上がりである。いや、海のクズを海賊と呼ぶのだから余程海賊の称号がぴたりと当てはまるし、その方が安全そうだが、ローの意思を尊重するのだから勿論そういう意味ではないのだが。しかし賢いローにしては珍しくその先を予測しなかったようで「おれはごっこ遊びがしたいわけじゃねェ」と怒りを露にしていた。そんなに海賊になりたいのか、とため息をつく。


「そういう意味じゃねェ」

「ならどういう意味だ」

「旗を借りろ、と言ってんだ」


 旗を借りるということは、どこかの傘下に入れと言う意味だ。違う船に乗れ、と言わなかっただけいいと思ってほしいのだが、やはり気に食わないようで眉間のシワはそう簡単に取れそうもない。それじゃ意味がないだとか、どうにかして丸め込めないかと考えているのだろう。しかしおれにだって絶対に譲れないラインと言うものはある。


「いつまでもとは言わねェよ。慣れるまで、おれがお前の力を認められるまでの話だ」

「……そんな日が来るって? 口だけで結局反故になるんじゃねェのか」

「あァ? なんだ、おれが信用できねェってのか」


 言えばローはうっと言葉を詰まらせた。おれのことを信用していないわけではなさそうだ。ローにしては珍しく、目をあわせることもなく「信頼しては、いるが……」と呟いた。もごもごとした煮え切らない言葉尻に、このまま押せば納得しそうだと確信する。元よりそのつもりだったが、はっきりがっちり言いたいことを言わせてもらうことにした。足を進め、ローの目の前に立ち、身を屈めた。ばちりと視線を噛み合わせて手を伸ばす。頬をするりと撫でれば、ローは緊張したような顔を見せる。


「もし条件が飲めねェってんなら、海楼石の錠で繋いで監禁する」


 声のトーンを下げればおれが本気であることが伝わったようで、ローがとても驚いた顔をした。大きく見開かれた目や驚いた表情はこんなにも愛らしく、その下にある首はとても細い。おれがすこし手の力を込めただけで、折れてしまうだろう。そんな可愛い娘をすぐさま危険な目にあわせられるわけもない。「どうする」。おれは正直どちらでもいいのだ。監禁するのは心が痛むし、海賊になるのは心配だけれど、監禁すれば身の安全は保証されるし、海賊になったとしても旗を借りれば無益な戦いは避けられるはずだ。
 ローはしばらくの逡巡ののち、頷いた。海賊になりたいという意思は相当固いらしい。よしよしと頭を撫でてから立ち上がる。ローはため息をつきながらおれを見ていた。


「それで? 誰に旗借りるってんだ。いきなり旗貸してくれなんて言って誰が貸すんだ」


 どうやら納得したわけではなく、そっちの方向から攻めることにしたらしい。おれがなんの考えもなしにそんなことを言うわけがないと思わなかったようだ。基本的におれが行き当たりばったりのやつだと、ローはわかっているからだろう。しかしながらおれの大事な娘であるローのことだ。既にしっかりと手は打ってある。


「勿論昨日のうちに話ならつけてある。今から会いに行くから支度してこい」

「はァ!? ……誰だよ」

「すこし考えてみろ、ここは“北の海”だぞ」


 ローはすこしだけ顔をしかめてからぱたぱたと部屋に引っ込んでいった。壁に立てかけてあった刀を持ち上げる。外に出るときに抑止力のために武装するのは北の海では普通のことだが、今回に限ってはそういうものではない。おそらく抜くことになるだろう。あまり使うことのない愛刀をするりと撫でながら、ため息をつく。ローのことがなきゃあ、絶対に連絡を取ることもなかったはずの女に会いに行くと思うと、すこしばかり憂鬱だった。

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 ナマエに連れられて訪れたのは、街で一番高級なホテルだった。北の海とは言っても大学のある大きな都市だからそれなりに値が張るのだろう。威圧的な風格を持っているナマエは刀を肩にかけていても妙にこの場が似合う。道すがらこれから会いに行く相手とはどういう関係なのかを聞いてみたが、ナマエは顔をしかめて「昔にすこし、なァ」と答えただけだった。何か知られたくないことがあると言っているような態度にムッとなったが、ナマエは軽く笑っておれの頭をぐりぐりといつものように撫でる。……男として見ていると言ったことをすっかり忘れているらしい。
 それからとあるフロアに行って、ナマエが護衛か何かの男たちと会話をした。既に話は伝わっていたのか、三言二言話しただけで通される。廊下を歩いていると、ナマエはぽつりと言った。


「ヤバそうになったらすぐに刀抜けよ」


 そんなことを言われるだなんて思っておらず、足を止めて瞠目した。ナマエは威圧的な見た目をしているからそれだけで喧嘩や厄介事を回避できるし、そもそもナマエはそんな危ないところにおれを連れて行くなんてことはしないから、ヤバそうなことが起きるかもしれないなんて言われたことはないのである。……これからのことを考えれば、まだその方がマシということか。
 刀を握りしめ、気を張って訪れた部屋には、“北の海”から想像される大海賊の一人──ドンキホーテ・ドフラミンゴが豪奢な椅子に座っていた。どピンクの羽根のようなコートはともかくとしても、その中に着ている服は北の海に似つかわしくないほど薄着だった。豊満な胸を半分ほど晒して、ドフラミンゴのような大物でなければ商売女くらいしかしていなさそうだとぼんやり考えてしまう。部屋に入ってきたおれたちに気が付くと、ドフラミンゴは唇の端を持ち上げて笑った。


「よおナマエ。何年、いや、十何年ぶりか?」

「そんなこと詳しく覚えちゃいねェよ」

「そんな相手にいきなり連絡入れといてよく言うぜ。……それが言ってたお前の娘か。どこの女孕ませたんだから知らねェが、ふん、お前にゃ似てねェな」

「おれに似た女なんて気色悪ィだけだろうが」

「まァな」


 夜中に連絡を入れて即日で話をつけたくらいだから仲がいいのかと思いきや、そうでもないらしい。寧ろお前の都合など何故おれが気にしなければならない、とばかりにナマエの態度は傲慢だ。これから物を頼む態度とはとても思えない。ドフラミンゴの方はそんなことを特に気にした様子もなく、ちらりとおれに視線を向けてからすぐにナマエの方へと戻した。品定めすらされなかった、と客観的に感じ取った。


「それじゃあ本題に入らせてもらうがよ、海賊である必要はあるのか?」

「あァ? どういうことだ」

「別にお嬢ちゃんが海に出てェ理由なんざ興味はねェが、おれもただのガキに自分の旗汚されちゃあかなわねェってことだよ」


 ドフラミンゴにしてみりゃあ、当然のことだろう。ぽっとでの小娘がいきなり自分の旗印を必要としていると言われて、はいそうですかと易々頷くわけもないのだ。おれだって別に何かの利益を求めてるだとか、好きで旗印を借りたいわけでもないのでこのままご破算になってもいいのだが……言われっぱなしじゃ終われねェまたのも事実だった。視線を向けてすら来ないドフラミンゴをまっすぐに見ながら口を開く。


「自分がただのガキだってことはわかってる。それを否定する気もねェ……が、そこらのガキよりは役に立つと思うぜ」

「フフ……なるほど、前言撤回だナマエ。こいつはお前に似て可愛くねェガキだよ」


 そんなことを言いながらもニヤニヤ笑うドフラミンゴは、「まァいいだろう」と殊の外あっさりと旗印を貸すことを了承した。ならば端から貸すつもりで呼び出したのだろうか、顔だけ見せろとばかりに。しかしナマエは「おれに似て可愛いの間違いだろ」と鼻で笑った。相変わらずナマエはおれが可愛くて仕方ないらしいが、よく考えればわかることだった。ナマエはおれのために会いたくもないドフラミンゴという女を呼び出して、再び海へ出る決意をしたのだから。おれが嬉しくなるのと反対にドフラミンゴの方はそれが気に食わないのか、すこし不機嫌な表情を作ってからじろりとナマエを見る。


「で、ナマエ。旗を貸す代わりにてめェはおれに何をしてくれるんだ?」

「傘下と同じように上納するのは勿論だが、今までの貸しがあったな? その清算でいいだろ」

「──それじゃあ足りねェと言ったら?」


 椅子から立ち上がり、歩いてきたドフラミンゴはナマエの厚い胸板に指を這わす。「代わりにお前を差し出す、とかなァ」。にい、と唇をつり上げたドフラミンゴは女として、海賊としての華がある。悔しいことにおれにはまだないものだった。ナマエを取られたくない、と思うのに、口が動かない。目線も二人に固定されたままだ。ドフラミンゴがちらりとおれを見て笑みを深める。──嫌な女だ、とても。
 おれに背中を向けているナマエが「なら仕方ねェな」と言葉をつぶやく。一緒について行くと言ったのに、とナマエを非難するような言葉が思い浮かんだが、途端、それは否定された。まばたきなどしていないはずなのに、いつの間にか剥き身になった刀身がドフラミンゴの首に押し付けられている。ナマエの表情は、うかがえない。


「それじゃあてめェを殺して、旗揚げでの悪名の足しにさせてもらうぜ」


 時が止まったようだった。旗を借りに来たんじゃないかとか、結局おれの旗揚げをするのかとか、こんなことしちまっても平気なのかとか、頭の中を色々なことがぐるぐると回ったが、ドフラミンゴが勢いよく抱きついてその思考は全部吹っ飛んだ。抱きつくなだとか文句を言う前にドフラミンゴは大きな声で笑い始めた。ナマエはドフラミンゴを容赦なく突き飛ばす。ドフラミンゴはまだ笑っていた。


「フッフッフッ! たまんねェなあ! それでこそナマエだ! 落ち着いたふりしやがってよお、おれは、お前のそういうギラギラしてるとこが好きなんだよ!」

「うるっせェ女だな……おれァお前のそういう姦しいとこが嫌いだっつーんだ」


 ナマエは振り返ると、今にも唾を吐き捨てそうな表情のまま親指でドフラミンゴを指差した。「ロー、あんな下品な女になるんじゃねェぞ」。その言葉にこくりと頷いた。けれどそれに動ずることもなく「てめェは墨入ってる超下品な女が好きだもんなァ!」とドフラミンゴはゲラゲラ笑う。──きっと、一生ドフラミンゴを好くことはないと思った。

甘いだけじゃないの

ベーゼの呪いの続編とちょっとした地獄の続編@匿名さん
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mae:tsugi

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