「……」 「えっ!? ちょ、なに!?」 街中を、歩いて抜けたら、脚にガキ。……そんなふうに思わず一句読んでしまうほど、おれは混乱していた。何故おれの脚に子供がくっついているのか、誰かちょっと教えてください。たしかにおれは普通の人間の倍近く身長が高いし脚もつかまりやすいのかもしれない。でもだからっておれは人間だし! トーテムポールとかじゃあないし! 知らん子供にくっつかれる覚えとかないし! でもまあそのせいで郊外に来るまで自分の脚に何かついてる何て思わなかったわけだけど、それにしたって! うろたえるおれをじいっとした目で見つめてくる少年……少女かもしかしてこれ。わからん。どちらにせよ子供は微動だにせず、おれを見つめてくる。なんでや! 「えーと、あー、きみ? なんでおれの脚にくっついてんのかな? おれ、人間ですよ?」 今のおれはどっからどう見ても人間だろう。くっつくなら可愛いクマとか、ウサギとか、なんかほらあるだろ。こんなお兄さんにくっついたっていいことないわよ! ……混乱すると内心カマ口調になるのは我ながらどうかと思う。そしておれの動揺など全くの無視で子供はおれを見つめてくる。首の角度は最早九十度を越えているだろうにそうまでしてなんで……うう……なんなんだろうこの子本当に。つらい。何にも答えてくれないし、離してもくれないし。 「ねえねえきみ、離れてくれない? おれ、家に帰らないと」 「……」 子供はむっつりとした顔で首を振った。……困ったなあ、もしこのまま家に帰ったらおれは誘拐犯になって海軍に追われてしまうかもしれない。それだけは絶対にいやだ。ただでさえ困窮しているのに、何が楽しくて犯罪者にならにゃならんのだ。ていうかそうじゃなくても親御さんだって心配してるだろうし、おれにこの子の生活をみれるほどの余裕はないし、子供なんて育てたことないし。勘弁してほしい。 おれは子供を脚につけたまましゃがんでみる。顔が近くなった。目付きの悪い子供は、汚い格好だけどきれいな顔をしている。おれが悪い人だったら間違いなく拐われてしまうのだろう。おれがいい人間でよかったね。 「ほら、きみ、家に帰んな。こんなとこにいたら悪いやつに拐われちゃうよ」 「……って」 「ん? なに?」 何か言葉を発した子供の口に耳を寄せる。子供は鈴の鳴るような声で「さらって」と、……え? なに? おれの聞き間違え、だよね? おれはびっくりして子供の顔を見る。「さらって」。……どうやら間違いではなかったらしい。何言ってんの、この子。ええ? 頭がパンクしそうなおれに、子供はもう一度言う。 「さらって」 「え、いやいやいやいや! それ、ダメだよ普通に! 拐うって意味わかってる!?」 子供は頷いた。ええー!? なに? なんなの? 拐われたいほどヤバイ生活送ってるの? 拐った方がいいの? いやそんなわけない。落ち着こう。おれが拐っていい理由にはならない。もしヤバイ生活を送っているというのなら、海軍の駐屯所に送ってやるべきなのだ。それが正解。 「わかった。じゃあ海軍のとこ連れてってあげるから、そこで」 「かいぐんはだめだっ!」 事情を説明してあげるから、と続けようとしたらがっつり言葉を遮られた。嫌じゃなくてダメなところを見ると、やはり何か複雑な事情があるようだ。そんなことを言われても正直困るわけだが、海軍に連れていくのも無理矢理引き剥がしてこのまま見捨てるのもなんとなく憚られる。本人から離れていってくれるのが一番いいのだけれど、この感じではそうもいかないみたいだ。 「……はー、これだけはやりたくなかったけど、仕方ない、か」 子供はクエスチョンマークでも頭上に浮かべているかのような顔をしておれを見上げていた。やりたくはなかった。周りをぐるりと見渡して誰もいないことを確認し、顔だけに意識を集中させれば、めきめきと頭が変形した。この地方ではまず見かけることのないワニの頭だ。丸飲みにしてしまえそうなほどでかい口、ずらりと並んだ鋭い牙、ごつごつとした硬い皮膚、さぞや子供には怖いことだろう。 「食っちまうぞ」 ダメ押しにそう言葉を吐けば、もう終わりだ。子供は泣いて逃げて、きっと親に言うだろう。親はその話を聞いて悪魔の実を連想するはずだ。そうしたら話が今働いているオーナーのところまでいって解雇される。おれはこの島から出ていくことになるのだ。はい、おしまい。能力者は迫害される。いつだってそうだ。それが世の常、仕方がないのだ。 けれど考えとは裏腹に、子供はおれの顔を見て驚きはすれど逃げることも怯えることさえしなかった。ぽかん、と口を開けて見詰めてきたかと思えば、子供はきゅっと唇を噛み締めた。それは恐怖からでないことなど、目を見れば一目瞭然だった。先程とは打って変わってキラキラとした瞳。笑顔になるのを必死に堪えているようだった。 今度はおれがぽかんとさせられて、顔を人間のものへと戻す。ぎゅ、と目元を押さえても目頭がじいんと熱くなる。喉の奥と腹の奥が震えるような気がして、吐き出した声は、やはり震えてしまった。 「……まだ、さらって、ほしい?」 「……うん」 「じゃあ、さらってあげる」 涙をぐっとぬぐって、脚から子供を引き剥がして肩車してやる。頭上から「うわあ!」と声がする。つかまっておくようにと指示をして、おれは家に向かうことにした。 拐ってほしいと言われたからと言って、拐っていい理由にはならない。おれは犯罪者だ。親から子供を奪うなんて最低かもしれない。それでもおれを受け入れてくれたこの子と一緒にいられるためなら、もう、なんだってよかった。頭上では小さな声で楽しんでいる様が伝わってきた。 「おれ、サー・ナマエ。きみは?」 「……名前、ない」 「ないの?」 本当に拐ってほしいような生活をしているらしい子供に、涙腺がまた緩くなる。迫害された自分と重ね合わせてしまっているせいかもしれない。でも迫害されるおれは大人で、この子は子供だ。もっと辛い、はず。なら、一緒にいられる間だけでもこの子を守ってあげよう。 「おれ、きみの名前つけてもいい?」 「……いいよ」 「じゃあきみの名前、クロコダイルだ! さっきのおれの頭の動物の種類なんだけどね、一番大きい種だよ」 どうかな、と見上げれば、子供は初めて笑顔を作った。ちょっと悪い笑い方だ。捕まるまでの、これからの生活が楽しみだなあ。……あ、ていうか待てよ、女の子だったらクロコダイルって名前はまずいんじゃ……とんでもない高飛車な悪女になりそうだ。……ま、そんなに長く使わないかもしれないし、いっか。 1000企画/クロコダイル(仔鰐)@匿名さん リクエストありがとうございました! |