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 マルコの学年の卒業式の日、当然教師であるおれもその卒業式に参加して、そしてそれは例年のように終わった。いつもと少しだけ違ったのは、いつもより感慨深かったことと、式の最中にマルコと目があったことと、式の片付けを終わらせて同僚と話をしてから保健室に戻ったら、そこにマルコがいたことくらいだった。


「よ、先生」

「なんだ、いたのか」

「なんつー失礼な言い方するんだかね、先生は」

「いるんなら呼びに来いって意味だよ。さっきまで他の教師とくっだらねェ話してんだ」


 なんでいるんだという意味で捉えたであろうマルコにそう告げれば、マルコは軽く目を丸くしながらも「先生らしいよい」と笑った。いつもの余裕たっぷりなえろい笑い方というより、年相応の笑顔だった。
 ドアを閉めて、いつもの席に座る。マルコもいつものように座っていた。いつもどおり過ぎるが、今日は卒業式である。


「友達と話さなくていいのか?」

「ああ、大体みんなそのまま上に進学だから別に話すことなんかないよい」


 なるほど、いらん気の回し方だったようだ。とはいえ、高校自体はこれで終わり、本来ならどこかで集まって飯を食ったり遊んだりするのだろうに、マルコはおれといつものようにくだらないことを話し合った。実際おれも、寂しかったのだろう。柄にもないことだが、ここまでおれを慕ってくれた生徒はマルコが初めてだった。仲良くしてくれて三年間、絶え間なく会いに来てくれた生徒など、他にはいなかったのだ。
 マルコが座っている光景を見るのは、これが最後になる。改めてそう意識すると、とても寂しく感じた。本当に、柄じゃない。


「先生、そういや最近彼女とはどうなってんだよい」

「あ? とっくに別れた」


 ふと思い出したように聞いてきたマルコに即答する。マルコに彼女がいると告げたあの日の次の週末、予想通りにおれは彼女にフラれたのである。しかも事後に、身体の相性はあなたとの方がいいけど結婚しようと思ってる相手がいるのよ、なんて言われてしまっては、どうしようもないというか。もしかしたらおれから結婚の申し込みをしてくるのを待っていたのかもしれなかったが、こっちに引っ越してこいというのも、今の学校を辞めて新しく就職し直すのも、おれは望んじゃあいなかった。
 勿論それを選んだ彼女を責める気もなかったし、彼女のそういうところを好きになったということもあったし、彼女もおれの性格を考慮していたのだろう、お互い納得しての別れだった。未練はない。無粋だけど結婚式にも出たし。
 しかしそんなおれに、反応は返ってこなかった。もしかしてまた以前のようになんで言ってくれなかったのかとすねているのだろうか。そう思うと目の前のマルコもまだガキなのだと安心して微笑ましい気持ちになる。


「なんだ、拗ねてんのか?」

「……別に? ナマエ先生と別れるなんてわかってねェな、って思っただけだよい」


 わかってねェな。それはすなわち、おれと別れた女は馬鹿だと言っている。おれのことを好意的に思っている証拠だ。つい嬉しくなって口が笑ってしまった……というのに、マルコは「で、未練は?」だなんてにやりといたずらに笑う。その顔がいやらしく見えて、本当におれはダメな大人だな、と笑い出しそうになった。


「未練なんかねェよ」

「好みの女を逃がしたくせに?」


 好みの女であれ、なんであれ、関係のないことだ。彼女とおれの関係は既に友人だ、セックスをしない方の、健全な友達。第一、おれの目の前には彼女なんかよりもよほど色っぽい高校生が存在している。
 ──卒業ということもあって、ちょっと気がゆるんだろう。普段なら言いもしないことを、するりと口を滑らせて言ってしまった。


「お前の方がよっぽどおれの好みだよ」


 返答が戻ってこなくて、余計なことを言ったとそこで気づいた。完全にセクハラである。訴えられたら間違いなくアウトなギンギンにブラックなセクハラ。なんせ今おれはお前を性的な目で見てるよ、と言ってしまったようなものなのだ。


「あー、……」


 そろりと顔色をうかがうように顔を上げて、おれは驚いた。──マルコの顔が、真っ赤だった。おれはそれを、ガキっぽい反応だと笑えばいい。冗談めかして笑ってやればいいのに、そのマジな反応に、ぽかんと口を開いてマルコのことを見てしまった。普段、あんなに余裕を持っているマルコが、赤面。
 はっきり言えば、まあ、全然、おれの好みなんかじゃない。だっておれ、ガキ臭い反応好きじゃないし。でも、なんつーか、その、ギャップ? ちょっといいな、とか思っちまったっていうか、寧ろ、高校生を終えて大学生になっちまえば元生徒だし手を出してもいいんじゃねェかとか、教師としてはあるまじき思考に到達してしまったのだ。
 手を伸ばそうとして、いやまずいんじゃないかと理性がそれを止めにかかった。腐っても教師だ。元教え子になるとはいえ、まだ手を出してはまずいんじゃないか。しかも見かけが好きって話で、恋愛的にこいつのこと好きなのかってわかってねェし、ガキの気持ちを弄ぶのはよろしくない。ていうかちょっと待て、こいつ、女を好きになりてェんじゃなかったのか? ……仮にガチでおれのこと好きだとしても、それじゃあ悩み解決しねェじゃん。なら冗談だと笑い飛ばし──


「先生、好きだ」


 遅かった。まっすぐにおれを見てきたマルコは、「ナマエ先生のことが好きだよい」と。……その顔が、あまりにも懸命で、泣きそうで、……最低なことに、すげェえろかったわけで。
 席から立ち上がって、マルコに近寄る。近寄れば近寄るだけえろくて、もう、なんだろうな……おれは本当にダメな大人である。マルコの顔に手を当てて、するりと撫でる。びくりと身体を揺らすようなこともなく、マルコはおれを見上げてくる。払いもしない、ということは、いいということなのだろう。相手が大人だったのなら、このまま手を出したが、さすがに子供相手にそれはまずいだろう。……子供に手を出そうとしてるおれが何考えてるんだって話だが。


「おれはダメな大人だからな、好みのやつに好きって言われたら手ェ出すぞ」

「今はそれでもいいよい」


 それは決して幸福な選択ではないはずだとわからないほど子供でもないだろう。それでもマルコは「惚れさせてやるから」と目を細めて挑発的に笑った。……いかん、本格的におれ好みになりそうで怖い。
 だが今はどうでもいい。悩みながらするセックスなんて最悪だ。顔を近づけて、とりあえず触れるだけのキスをする。若さを感じるぷにぷにの唇が憎い。その唇を割って、マルコの口内に舌を差し込むとつるりとした歯の向こう、ミントの味がした。おそらくガムかフリスクか何かの味だ。うーん、なんだか新鮮。しかしやることやってるだけのことはあって舌を絡ませてくる。そういう意味での新鮮さは皆無だ。
 マルコの腕がおれの首に回されて、おれはマルコの制服を脱がしにかかる。制服を着てる相手にセックスとか何年……いや、十数年ぶりのことである。つーか、椅子の上でセックスするのもあれだしな。さっさとベッドに移るか──というところでドアが開いた。げ。マルコの腕も思わず緩む。


「おいナマエ、今日、飯──」


 しかもドフラミンゴ。信じられねェほどタイミングが悪いが、こいつじゃなかったら説教が確実になるので、悪い方ではなかったと思う。しかしこいつの空気の読めなさったらギネス級である。びっと親指を立てたドフラミンゴは、「おれも混ぜろ」と言ってきた。想像通りすぎて笑える。笑わねえけど。扉を閉めて脱ごうとしてくるドフラミンゴの前に手を突き出して、こっちに来るなという意思表示をする。


「三人でなんかやるか、帰れ」

「ア? 仲間外れはよくねェなァ。美味しいものはみんなで分け合う、これ基本だぜ? 大体乱交大好きヤローが何言ってやがる」

「あ? 乱交好きはテメェだろうがこのドエム淫売。おれは一対一が好きなんだよ。テメェは汚ェおっさんどもにでも輪姦でもされてろファッキンサノバビッチ」

「ナマエ」

「なんださっさと出てけ」

「ナイスアイデア」


 わかってはいたがこいつの頭はおかしい。本当におかしい。なんでもありなこいつを見てると、ああこれが変態って言うんだな、と改めて思う。おれが遠い目をしていることにも気づかずに、ドフラミンゴは意気揚々と出ていった。そして残されるのは気まずいおれたち二人。マルコも顔をひきつらせ、おれのことを見てくる。


「……あー、ナマエ先生? アレとは、どういう関係?」

「……残念なことに幼稚舎からの腐れ縁だ」


 マルコはそれ以上突っ込んで話を聞いていいのか、はたまた聞いてはいけないのか、迷っているような顔でおれを見てくる。おれはマルコから身体を離して、席に戻る。「何を聞いてもいいが」と言葉を落としながらそして荷物を片付け、振り返る。マルコは中途半端な格好でおれのことを見ていた。


「このあと、時間は?」

「え? あるけど、」

「じゃあおれの部屋来い。これ以上邪魔されたらかなわねェ」


 わかりやすい誘いはきちんと伝わったらしく、マルコは「逃げやしねェのに」と喉の奥でおれを笑った。逃げるか逃げないかではないが、たしかに逃がすつもりは毛頭ない。なぜだかおれも笑ってしまった。

こんなこころに名前をつけてほしい

「消耗戦といたしましょう」で、理性と戦ったけど結局マルコに手を出しちゃった男主。裏はお任せ@楓さん
リクエストありがとうございました!


mae:tsugi

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