ジュラキュール・ミホークは、剣を持てば無類の強さを誇る少年だった。だが親を亡くして以来、一人で隠れ住む少年でもあった。剣を持てば強いとは言えど、子供は子供。周囲の大人による卑劣な罠に嵌ることもあったし、寝ている間に物を盗まれたり、殴る蹴るの暴行を加えられたこともある。
 それでもミホークは世界に絶望することも、希望に満ち溢れた生活を送ることもなく、淡々と剣の腕を鍛えた。暴力に訴えかけ、やり返され、それをどれほどか繰り返したある日、ミホークはとある男と出会った。

 ナマエと名乗った男は元は上質だったであろう服をよれよれにさせた、ミホークよりも暴力という面において弱い存在だった。

 初めは、憐れに思ったミホークが守ってやるばかりだった。だがナマエには知恵があり、経験があり、技術があった。気が付けばミホークの衣食住はナマエの手によって保障されていて、ミホークは剣だけに集中できる環境が整っていた。

 これだけのことができるのだから、ミホークなど放っておけばいい。誰もがそう言った。
 あいつの剣なんて高が知れてる。海に出れば嫌でもわかる。誰もがそう言った。

 そんなとき、ナマエは必ずそいつらを笑った。


「馬鹿だな。ミホークは世界一の剣士になるのに」


 嘘も誤魔化しも衒いもなく、ナマエはそう言った。ミホークは剣の腕がまだ半ばだとしても、ナマエの言葉が本心から出たものだということくらいはわかった。ナマエの中ではミホークが世界一の剣士になることは確定し、揺ぎ無い事実として存在している。

 それがどれほど嬉しかったか、ミホークはナマエに伝えることはできなかった。とても言葉にできるような些末な感情ではなかった。
 ミホークは自他ともに認めるマイペースな性質を持っていたが、他人からの悪意を完璧に受け流せるほど大人でもなかった。澱となって積み重なっていたそれらを、ナマエが綺麗に拭い去ってくれたことはミホークの活力となり、当然のようにナマエに全幅の信頼を向けるようになった。

 そうして本当に“世界一の大剣豪”の称号を手に入れた頃には、その信頼は盲信に似た恐ろしい何かになってしまっていた。


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 何でこんなことになってんだ。それが今まさにナマエのなかにある考えだ。とある日、ナマエは会社帰りに異世界トリップなるものに巻き込まれ、よくわからない大変デンジャラスな世界に飛ばされてしまった。
 人権? 何それゴミ? 通貨? 何それ暴力のこと? この世界は多分全部発展途上なのだろうとため息をついたのも記憶に新しい。魔法はないらしいと知ったときの落胆と、悪魔の実を知ったときの引きつった頬の感覚も忘れないだろう。
 ナマエは生き残るために身近にいた強い少年に寄生し、営業や大学時代に培ったコミュニケーション能力をフル活用した。善人の振りをして自分の立場を築き上げた。笑顔で人の信頼が買えるのなら安いものだった。少年はコミュニケーション能力が死んでいたので、win-winの関係になれた。可愛い弟分、というよりも、相棒である。

 自分よりも幼い少年に何を、と世間一般からは後ろ指をさされることだろうが、とにかく少年は強かった。ナマエの持ち得なかった暴力を、芸術の域にまで進化させるであろうと、勝手に思っていた。それに関してはちょっとした芸術家気取りだった。
 名前を聞いてそりゃそうだと納得した。ジュラキュール・ミホーク、将来の“鷹の目”のミホークである。そりゃあ強い。そりゃあ剣筋が美しいはずだ。だってこいつ、世界一の大剣豪になるんだから。

 ナマエにとってジュラキュール・ミホークは将来の“鷹の目”で。世界一の大剣豪になる男であって。だから当然のようにその言葉を口にしたわけで。


「あの日からずっとおれは、ナマエに救われていた」


 もしかしたらなんかこれバグってるっていうか、異常に依存されてないか、とナマエが気が付いたのは、“鷹の目”と呼ばれ、七武海になったミホークの口からまさかの『救われていた』なんて言葉が出て来たからではない。


「あっはっは、おれもだよ。お前がいなかったらすぐ死んでただろうな」


 そんなふうに軽く返したナマエに、ミホークが嬉しそうに笑みを作ったからである。“鷹の目”と称される鋭い目をドロドロに甘いもので満たして、爛々と、そしてうっとりとナマエを見つめていたからである。
 思い出した言葉はヤンデレである。依存してほしいと物語る目で、ナマエはようやくここが現実であることを思い知った。──もしかしてここ、漫画に似ているだけで、未来の確定していない、異世界なのでは。実に二十年ほど費やしてたどり着いた真実である。

 ナマエが知っていたあの“鷹の目”ならば、誰かに対してこんな目を向けることはしなかっただろう。
 すなわち、この目の前にいるジュラキュール・ミホークは──。

 怖くなってナマエは深く考えるのをやめた。ミホークはミホークである。少年時代からずっと親しくしている、相棒の、可愛い弟のような、剣に一途なミホークである。ケツがうすら寒くなるようなことを考える必要はない。

 ナマエはひきつった笑いを浮かべ、妙な空気を誤魔化すことに決めたのだった。

トリップ男主(原作知識有り)が無意識にミホークをたらしこむ話@匿名さん
リクエストありがとうございました!


mae:tsugi

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