誰がこんなところに“冥王”シルバーズ・レイリーがいるなんて思うだろうか。おれは思わない。海軍本部の近いこの島にレイリーがいるなんてそりゃあ思わない。やつの顔は“海賊王”ゴール・D・ロジャーの右腕として知れ渡っているからである。生ける伝説、最強の男の一人だ。とはいえ手配書は最近のものではないし、自分の近くにそんな男がいるなんて思わない。だからこそレイリーはこの島を隠れ蓑に選んだのだろうけれど。へらへらと女に養われ、時折コーティングで金を稼ぎ、ギャンブルで負ける男がレイリーだなんて誰が思えるんだろうな? パッと見りゃそのままなのに、誰も彼もが疚しいところを抱えているから黙ってるだけなのか? まあ、関わりたくない、ってのは誰もが持つ感情だろう。賞金稼ぎにしたって“冥王”っぽいジジイを狙うよりよっぽど明確でいいカモが島中を歩いてるしな……なるほど、レイリーはやはり賢い男のようだ。本当に苦手な男である。


「おやナマエじゃないか、私に会いに来たのかね?」

「人違いだ」

「人違いを装う気があるのならせめてそのタトゥーは隠すべきだったな。誰がどう見てもナマエだ」


 バーの女性からレイリーがこの島にいると聞いてさっさと島を出ようとしたおれは、結局ばったりとレイリーに出会ってしまった。どうやら逃がしてはくれないらしいレイリーに視線を向ける。その顔は目に見えて老けたし、髪や髭は色を失い伸びているものの、二十二年前と大して変わらない。同じように老け衰えたおれも特殊なタトゥーは当然変わらない。言い訳にもならない稚拙な嘘はモロバレである。
 はあ、とおれが溜め息をつく。レイリーが消えてくれるわけでもなかった。ははは、とレイリーが快活に笑う。おれの気分が晴れるわけでもなかった。唯一幸いだったのがお互い賞金首なので治安のよろしくない、すなわち海軍の訪れない場所だったということくらいか。さっさとこの場を離れたくて声を発した。


「で? 何の用だ」

「何の用だ、とは冷たいね。普通二十二年ぶりに再会した元クルーがいたら声をかける。ナマエは違うのか?」

「かけねェよ、お前にはな」

「ひどいやつだなお前は」


 言いながらもレイリーは笑顔だ。そんなに元クルーと会えたのが楽しいのか。おれにはレイリーのことが到底わからなかった。会ったところで虚しいだけではないか。ロジャーはいない。ロジャーは死んだ。思い出話に花を咲かせ、あの頃はよかっただなんて笑ってどうする。おれはレイリーとそんな話をしたいわけもなかった。
 他の奴ら、例えばシャンクスやバギーならよかったのだ。おれも素直に再会を喜んだだろう。あいつらと話すのは今のことだ。カビ臭い死体のような思い出話はせずとも済む。思い出話だとしても今を生きる人間としての話ができる。あの頃はこんなことがあったと笑って、素直に楽しめることだろう。けれど、レイリーは違う。


「また難しいことでも考えているようだな」


 レイリーの全部わかってますよ、ってな声と目。それがひどく癪に触った。苛立った視線を向けると「お前はまだロジャーの死にとらわれているのだろう?」なんて笑われる。──ふざけんなよ、このクソッタレ。お前は何にもわかってねェ。苛立ってレイリーの襟元をぐっとつかんだ。驚いたレイリーの目玉にはおれの顔が映っている。何年ぶりだ、こんな怒りを感じた顔をしているのは、と頭のどこか冷静な部分がそんなことを考える。けれど身体は冷静には動けなかった。


「とらわれてんのはお前だろうが!」

「なに、を、」

「こんな島で女と酒とギャンブルに溺れて必死に忘れようとしてる。だが忘れられねェ、忘れる気なんか本当はねェ! ロジャーのことをほんの少しも忘れたくねェってな! お前は二十二年前から何も変わってねェよ、だからテメェにゃ会いたくねェんだ!」


 まだロジャーの死を受け入れられていない馬鹿はこいつなのだ。おれはシャンクスとバギーを連れて処刑を見に行った。ロジャーは死んだ。知っている。あいつは死んだのだ。首を飛ばされ、死んだ。直前まで笑っていた。気管が焼けつくような熱さを味わうほど泣いて、それを受け入れた。ロジャーらしい最期だった。いっそ格好良かった。せめてレイリーも見に行けばよかったんだ、そうすれば受け入れるしかなくなったのに。
 処刑後すぐに会ったとき、ああこいつはダメだなって一目見てわかった。他のクルーと同じように泣いたと笑ったと言っていたけれど、どう見たって他の奴らとは違った。違いすぎた。レイリーは死体と一緒だ。それでも一週間ほど一緒に過ごして、やはりそんなレイリーとは一緒にいられないと判断し、旅を再開した。こいつはあのときと何ら変わっていない。おれがとらわれているとしたら、それはロジャーにではなくレイリーにだった。二十二年間も半身をもがれたような気でいるレイリーから必死に逃げ続けているのだ。


「被害者面すんな! 胸糞悪ィんだよ!」


 放置したおれが悪いのか? どうにかしてやればよかったのか? あのとき逃げなければよかったのか? やりきれない思いがおれの中に巣食う。だって、おれじゃあダメだから。ロジャーじゃなきゃレイリーの虚無感は埋められない。それほどにロジャーという男の存在は大きい。わかっている。先ほど思い浮かべた質問の答えは全部ノーだ。おれには何もできない。レイリーを見ていると思ってしまう──なんで死んだんだよ、ロジャー、って。認めたはずのあいつの死を否定したくなってしまう。だから嫌なんだ、レイリーといるのは。
 茫然と何も言葉を返さないレイリーの姿を見ていられなくて、唇を噛む。今更こんなこと言ったって仕方ないのに。せめて二十二年前に言うべき言葉だったはずだ。細い息を吐き出して、レイリーの服から手を離す。「帰る。悪かったな……元気にやれよ、もう会うことはねェだろうが」。背を向けて歩き出す。ガキみたいに熱くなってしまった自分を呪いたくなるようだった。


「、待て」


 ぐ、と服がつかまれて、足を止める。殴られても仕方ないことを言った自覚はあるので、覚悟をして振り返った。けれどそこにあったのは、悲痛と言っても差しさわりのないほどひどい顔をしたレイリーの姿で。おいおい、やめてくれよ、二十二年前だってそんな顔、しなかったじゃねェか。息が震える。泣きそうな顔をされると、じくじくと胸が痛む。「嫌だろうが、話に付き合ってくれ」。泣いているみたいにすこし揺れた声でレイリーがそう言った。おれの大嫌いな、レイリーとするロジャーの思い出話。


「頼むよ、」


 そんな弱りきった声を拒否できたら、とんだ悪人だ。世間さまから後ろ指をさされるとんだ悪人のくせに、おれはゆっくりと頷いた。悪人にも心は残っていたらしい。いや、違うか。心が弱いおれだから悪人になったのだろう。

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「ロジャーが仲間にすると言い出してライオンなのかなんなのかわからん動物を連れてきたことがあったな」
「あー、あったなそんなこと。ぶっちゃけあれはねェわって思った。あんなの船に乗らねェだろ」
「サイズを考えたらわかりそうなものだがな」
「なんとかなるだろって発想やめろと何度も思ったわ」
「時間がないと言ってる割にあまり考えない行き当たりばったりなやつだったからな……そういえばシキの大艦隊に囲まれたこともあったな。あれはいっそ爽快だった」
「あったあった。バギーがすげェ嫌がってたのはうっすら覚えてる。でもロジャーらしいっつーかさ、今でもありゃあ間違ってねェと思うぜ。つーかシキのやつ脱獄してから音沙汰ねェよな」
「たしかにまったく噂を聞かんな……またよからぬことでも考えてるんだろう」
「だな。世界征服とか本当くだらねェ」
「つまらんしな。征服するまでの過程はいいがそのあとどうするつもりなのか」
「どうせシキの夢なんざ叶いやしねェよ」
「白ひげのやつも海軍もいるし、まあ叶わんだろうな」
「白ひげっつったらよ、新世界の……何だ、あの島、あーと、なんだ。でけェ戦いあったろ?」
「あったな。さすがにあの波の荒れっぷりは死ぬかと思った」
「グラグラの実のせいでロジャーが船酔いしてたときはさすがに笑ったわおれ」
「ああ、お前だけゲラゲラ笑っていたからあとで仕返し受けてたじゃないか」
「表紙だけおれのお気に入りの本で中身がエロ本になってたのは死んだ今でも許してねェ」
「心が狭いな、ナマエ」
「狭くねェよ! あの本手に入れるためにおれがどれだけ苦労したかお前だって知ってんだろ!」
「はいはい」
「おい! ちゃんと聞けよ畜生! くっそ……酒追加だ、酒!」

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 むくりと起き上がったらひどい頭痛とぼんやりとした倦怠感に襲われた。寝起きがあまりよろしいとは言えないおれは欠伸をしつつ、すこしぼうっとして、コチコチと鳴る秒針がちょうど三周ほどしたところで昨日のことを思い出し始めた。レイリーに会って、酒飲みながら昔話して、それで……? 途中からぶつりと記憶がなくなっている。自分の酒癖の悪さを理解しているおれが、前後不覚に陥るほどの酒量を取るとは思えない。どういうことだ? まだすこしぼうっとする頭で考えていると、隣から「ナマエ……? 起きたのか?」と声が聞こえてきた。……隣? 視線を向けるとレイリーの姿がある。白いシーツの下、身体の線がはっきりと見えた。嫌な予感。勘違いかもしれないからとべろっとシーツをめくって絶句した。


「なんでお前、全裸……わかった、服脱いで寝る習慣をこの二十二年で、」

「お前が脱がしたからだろう」


 一番聞きたくなかった言葉を何事もないかのように吐き出されて、頭痛がひどくなった。当然脱がしたと言うことはその先もヤっちまってるわけだ。おれの酒癖の悪さはそういうものだから間違いない。ああ……倦怠感の正体はこれか……。何が悲しくてジジイとジジイが乳繰り合わなきゃならんのだ。ていうかこれレイプか? 相手がレイリーじゃなかったらおれは捕まっても仕方ないと思うレベルだ。つーかおれレイリーに勃ったのか……そうか……。頭が痛い。レイリーはおれに犯されたらしいのにカラカラと笑っている。……あれ、なんかデジャヴュだぞ、これ。


「お前、まさかなんか盛ったんじゃ……」

「なんだ、気が付いていなかったのか?」


 こいつ、昨日はしおらしく弱弱しいと思ったら薬盛ってたのか。二十四、五年前にもひっかかった手だというのに、すっかり忘れていた。いや、だって思わねェだろ! 思わねェよ! ロジャーのこと話してどうにかふんぎりつけようみたいな気配だったんじゃねェのかよ! セックス依存症かお前は! おれが内心で行っている糾弾に気が付いたのか、レイリーは性格の悪さを露わにしたような笑みを浮かべている。


「んん? 慰めてくれるんだろう?」

「誰が身体でっつった! いやそもそもそんなこと言ってねェだろ!」

「ははは、まあいいじゃないか」

「よくねェだろ!?」


 こんなの逆レイプだ。信じられねェ。ぐったりしてベッドに沈むと、レイリーが隣でカラカラ笑っている。そんなレイリーをありえねェ、と思うのに、死体のようだった昨日とは一転してロジャーが生きていた頃のような明るい顔に戻ったレイリーを見ていたら、責める気も失せてきた。まあ、いいか。ため息をつきながらおれもへらりと笑った。

君が笑って過ごせる日々を夢見ていたのです

レイリーさんお相手で、主人公は元ロジャー海賊団。原作あたりの年齢@絢香さん
リクエストありがとうございました!


mae:tsugi

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