通路から聞こえてくるドタドタという落ち着きのない音とともに誰かの声が響いていた。部屋の前を通りすぎるかと思いきや、ノックもせずにロジャーの部屋のドアが開かれる。開けたのはどうやらナマエのようだった。常識が少々欠落ぎみであるナマエのやつは至極失礼なことに部屋の主であるロジャーに挨拶するわけでもなく「レイリー? あれ、いねーや」などとのたまった。普通はまずおれに挨拶だろうが! と思うのだが、ナマエはすぐに「ロジャー、レイリー知らね?」とロジャーのことを認識したのでまあよしとしようとロジャーは一人頷いた。


「知らねェな、探し回ってんのか?」

「そうなんだよ。朝起きたらもういなくってさァ」

「相変わらずおアツいこった」


 レイリーは副船長で個室を持っているがナマエは強いけれどただの戦闘員であり、勿論のように大部屋に在籍している。しかしながらナマエは夜のほとんどをレイリーの部屋で過ごす。別に大部屋でも構わないらしいが、恋人であるレイリーと居られる時間が増えることは素直に喜ばしいことのようだった。ナマエはこの船ではかなり古参だから特に誰も文句は言わないし、不満に思ってもいないのでそれなら構わないとロジャーも思う。
 しかしながらレイリーとナマエの仲は恋人になってからも随分と長いはずなのに、未だナチュラルにいちゃついてくる。目に毒だと思うが同時に羨ましかった。自分の若い恋人は遠い島にいて滅多に会えないというのに、とひがみにも似た感情さえ持ってしまう。
 それにしても、ナマエがレイリーを探しているのは珍しい。ナマエはとにかくレイリーの居場所を感知する能力が高く、ナマエは何があっても大事なタイミングでは必ずレイリーと一緒にいるし、見つけようと思って見つけられないことなどないのではないとロジャーが思わされるくらいなのだが、今回は一体どうしたというのだろうか。しかし何よりもこの船の安寧のためにもさっさと見つけてほしい、というのがロジャーの本音だった。
 経験則としてここで待っていることより危険なことはないので、ロジャーはレイリーを一緒に探してやるという名目でナマエを部屋から追い出すことに成功した。まだ探していないところを探す道すがら、「なんで相棒を探してんだ?」とロジャーが聞くとナマエはいつも通りに明るく笑った。


「いや実はさァ、こんな夢見てよー!」


 夢の内容はその笑顔と結び付かないようなとても陰惨なものだった。簡潔に約すとナマエが浮気をしてレイリーに殺されそうになる夢だったのだが、ロジャーが顔色を青くさせてしまうほどの悪夢だったのである。どうやら夢の中のレイリーは、浮気相手を思い付く限りの方法を用い長時間かけじっくりと痛め付けて殺した挙げ句、その浮気相手の死体見せつけ驚いている間にナマエを拘束し監禁して一生閉じ込めておくらしい。ナマエがいちいちリアルすぎる描写を口にするものだから、ロジャーの頭の中では名も無き浮気相手の惨殺死体とレイリーの猟奇的な笑顔が克明に浮かび上がってしまっている。


「そうか、ナマエの中で私はそういう人間だと思われているんだな」


 突然背後からレイリーの声が聞こえてきて、ロジャーはいよいよ飛び上がった。完全に図っていたとしか思えない完璧なタイミングで話しかけられて、ロジャーの心臓は破裂寸前である。ニマリ。笑ったレイリーの顔が想像していたものと一致して悲鳴の一つや二つでも上げたくなったが、そんなロジャーとは対照的にナマエはとても快活に笑い飛ばした。


「まっさかー! お前がそんなことするわけないじゃねェか! あはは!」


 ロジャーはナマエの言葉に唇をひきつらせた。知っているからだ──レイリーが本当にそんな人間であるということを。レイリーはナマエが死ぬほど、あるいは殺したいほどに好きすぎる独占欲の塊だ。夜を部屋で過ごさせるのも大部屋に置いておきたくないからであるし、ナマエは気が付いていないが何度だってナマエに対する監禁未遂だったり、少し話しただけの他人や仲良くしていると判断されたやつらを片っ端から付け狙うことなど日常茶飯事なのである。ナマエが知らないだけでオーロ・ジャクソン号では有名な話だ。レイリーが嫉妬の鬼か、あるいは好きすぎて病んでいる、と言うことは。
 だからこそロジャーはナマエと二人きりで部屋にいるなどという自殺行為はすぐさま避けたし、ナマエが見た夢の内容に顔色を悪くさせるほど驚かされた。実際にあり得そうな、現実味のある話だったからである。ロジャーはレイリーのこともナマエのことも、仲間として愛している。ゆえに予知夢にならないことを望んでいるのだが、レイリーは唇を笑ませただけの笑顔と言いがたい表情を浮かべてくる。どこぞの殺人鬼のような目をしているではないか。ロジャーはレイリーと一瞬だけ視線が絡んだが、どうにか悲鳴を飲み込むことに成功した。


「ほう、お前にそんなことがわかるのか?」

「え? わかるだろ。だっておれ、お前しか見てねェし!」


 けれどナマエはそんな陰惨な雰囲気を明るくて快活で、すべてを照らす太陽のような笑顔で吹き飛ばした。するとレイリーの表情もゆるゆると緩み始め、嬉しそうに笑う。そんな二人を見て、ロジャーは心底安心し、二人がイチャイチャし始める前にさっさと撤退することにした。「本当にお前は私のことが好きだな」「当たり前だろ、一生レイリーのことしか好きにならねェと思うぜ! だからお前もおれのこと好きでいろよー!」「そうかそうか」「レイリーてめェ、微笑ましげに見んなよー。そんな顔してっとちゅーしちゃうぞ」「それ以上のことはいいのか?」「えっ……いいんですかこんな真っ昼間から」「そう言いながらこの手はなんだ?」「早く部屋戻ってベッドインしようぜ、の手!」お前らこんな真っ昼間から通路で何言ってんだ──別に、羨ましくなんてねェし!

根明によるヤンデレ徹底回避(無意識)

mae:tsugi

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