性的(R17)にお下品な話


 扉を開けて、ただいま、と声をかけた。『お邪魔します』の方が正しかったかな、なんて思いながら、買い物袋をぶら下げ床を踏み締めてリビングを目指す。ふと、何かが聞こえてきた。家にはサッチしかいないはずなのに、サッチの声ではなかった。テレビだろうと顔を出してみれば、……いや、まあ、テレビの画面に映っているものだけども。気にせず中に入って荷物をテーブルに置くと、画面を食い入るように見詰めていたサッチが思いきりびくりと肩を揺らして振り向いた。ばちりと噛み合う目線。


「ただいま」

「……お、おかえり」


 こうして会話をするが、やはりなんとなく気まずかった。テレビからは声が漏れ続けている。これ以上特に言うこともなかったし、とりあえず買ってきたものはそこにあるとだけ教えて隣の部屋に移った。あんあんと安っぽく喘ぐ声と画面に映る女の裸体、それから放心したままのサッチをその場に残して。

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 おれは、しばらくの間、呆然としていた。何かを言葉にするのが難しいと言うわけではなく、ナマエとばちり目が合った瞬間に、脳の中にあった様々な事象が吹き飛んでしまったのである。ナマエが去ったあとも固まったまま、何を考えるわけでもなく、ただ動けずにナマエの立っていた場所を見詰めていた。けれど、画面の中の女優が一際高い嬌声をあげて、びくりと身体が跳ねる。途端に思考力が戻ってくる。


「な、何やってんだ、おれは」


 AVを見て別段興奮していたというわけではなかったが、自慰を終えたあとよりも、頭は余程冷めきっていた。──ナマエに、見られた。まずい。AVを観てたことにすら触れてもらえなかった。そもそも男同士だなんていうある種の問題を抱えている恋人が結局異性に欲情していると思われたら嫌だ。嫌われるかもしれない。おれだってもしナマエがAVや風俗を活用していたら、腸が煮え繰り返ってぶん殴るか泣くくらいのことはしたはずだ。つーか絶対泣く。


「あ、……謝ろう!」


 よろよろと立ち上がる。今からでも、遅くはない。いや、遅いかもしれないが、謝らないよりはよっぽどマシだ。何もしなければ最悪の場合、フラれるかもしれないし、そうでなくとも喧嘩くらいには陥る可能性もある。それだけは避けたかった。ナマエはそもそもノンケで、おれが死ぬほどアプローチをかけて半ば騙すような形でどうにか付き合うに至ったのだ。一生に一度の運は使い果たしたことだろう。なのにこんなことでフラれたら死んでも死にきれない。
 扉の前に立ち、深呼吸を一度してから、意を決してナマエのいる部屋の扉を開けた。あまり大きな音を立てぬようにと、ゆっくりと。盗み見るように覗き込めば、ナマエはベッドに寝そべり本を読んでいた。そんな体勢のまま、声をかける。


「あの、ナマエさーん……」

「……ん? どうした? つーかお前、そこで何やってんの」


 ゆっくり起き上がったナマエはいたって平静で、何か怒っているふうでもない。それどころか入ってこいとばかりに手招きしてくるので、いつものようにテンションをあげてその腕の中に飛び込みたかった。でもそうする前にきちんと謝っておかなければいけないと思って、さっきのはごめん! 違うんだ! と言えば、ナマエは少し困ったような顔をした。


「別に怒るったりとかしてるわけじゃねえよ」

「で、でも……!」

「そりゃ、やっぱ女のがいいのかなっては思ったけどな」

「いや、そんなんじゃなくて! 今度ナマエ、ちゃんと引っ越してくるだろ? だからいらねえもん処分しようと思って、」

「そしたらおれの貸してたAVが出てきたってわけか」

「そうそ、……え、覚えてたのか?」

「おう、リナちゃんだろ。お気に入りの貸してくれって言われてお前に貸して、そのあと付き合ったからおれがいるんだからいらねえよなって笑顔で持ってかれた」


 まさか覚えてくれていたとは思わず、ちょっと嬉しかった。でもそれ以上に覚えられていたリナちゃんに嫉妬してしまう。なにせ、付き合う前のナマエの好みが集約されているのだ。おれがリナちゃんと持っている共通点と言えば、濃い目の顔立ちと厚めの唇くらいだ。そこを無理やり推して付き合ったなんて本当に我ながら無茶苦茶なことしてたな……。誤解されるのが嫌で、ナマエをまっすぐに見る。


「ほんと、おれが好きなのはナマエだけだから!」

「じゃあ気にしてねえよ、そんな顔すんな」


 そう言っていつも通りに笑ってくれるから、おれはナマエに向かってダイブした。ナマエは難なく受け止めてくれたので、嬉しくなって胸に顔を埋めたり匂いを嗅いだりとおれは忙しい。そうしてキスをしようと顔を上げたら、ナマエがにっこりと珍しい笑い方をしたので、一瞬動きが止まる。その隙にナマエがおれの肩を押した。……え?


「でもしばらく抱かない」

「……えっ」

「風呂も一緒に入んない」

「え!?」

「キスもしない」

「えっ、ちょ、ごめん!! 本当にごめん! やめて! つらい! おれ死んじゃう!」

「リナちゃんで抜けば?」

「怒ってんじゃん!!」


 怒ってないと言ったのはどうやら嘘だったようで、ナマエはにこにこと笑ったまま一切おれの意見を受け入れてくれない。慌てて半身を起こしベッドの上に座りながら、違うんだって、と言っても、謝りにきたってことはやましいんだろ、なんて返されてしまう。オーノー! 大ピンチ! 全然わかってくれねェ! そして最終手段に出ることにした。きっと男にしかわからないだろうけれど、いや、男にならわかると思いたい。


「さっきのは本当に違うんだって! マジで興奮してないから! ほら! 勃ってから萎えた感じじゃねえだろ!?」


 がっとナマエの手をつかんで下半身に持っていけば、ナマエは呆れたような顔をしてため息。それからおれのをスウェットの上から軽くしごくように触ってきた。あ、逆にダメだ、これ。何も起きていなかったはずなのに、おれの身体はそれだけで反応して、思わず喉がごくりと鳴る。力を緩め離れていこうとしたので、ぐっとナマエの手を上から押し付けた。呆れたままのナマエが抵抗しないのをいいことに、好き勝手に動かしていれば当然のように勃ち上がって息もあがる。


「サッチ、人の手でオナってんじゃねえよ」

「は、ンっ、だっ、て、なあ?」

「だっても何もないっての。ほら、早く手ぇ離せ」

「ナマエ……っ」

「そんなやらしい顔しようが、えろい声出そうが、固くさせようがダメなもんはダーメ」


 ナマエは楽しそうな顔をして笑っている。その表情で見てるだけで腰に来るというのに、ナマエはおれの手を引き剥がして離れるとごろんと寝転がった。反対側を向いて、くあ、なんて欠伸付きだ。
 そんなふうに釣れない態度を取られたくらいでは勃ち上がったものが鎮まることなんてあり得なくて、臨戦態勢のままおれはベッドから降りる。そして目をつむったナマエの顔がよく見える位置に座り込んだ。床は地味に冷たいが、それでも熱は冷めることがない。それからはじっとナマエを見つめ続けたが、ナマエがため息とともに目蓋を開く。


「……なに?」

「気にせず寝てくれ。ナマエが寝たらナマエの手ェ使って一人でするだけだから」

「お前馬鹿だろ」


 言いながら起き上ったナマエは、乱暴に頭を掻いておれを見下ろしてくる。期待してしまったおれは悪くない。ナマエはゆっくりと唇を開いて、おいで、だなんて言った。おれがナマエに飛びかかるようにして抱き付けば、ナマエは楽しそうに笑ってキスをくれる。かるく触れるだけのものでも嬉しかった。


「仕方ねーやつ」


mae:tsugi

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