友達と買い物をしていたら新しくできたらしい彼氏がたまたまその近くにいることが判明し、何故か三人で遊ぶことになった。だったらおれ帰るよ、と言っても友達は全然話を聞いてくれなかった。うん、ちょっとくらいは人の話を聞こうぜ。
 そうして友達の彼氏、ナマエさんと合流した。にっこりと笑った顔は人が良さそうにも見えるし、整っているから見惚れるのだけれど、どうも腕捲りをすると見える入れ墨のせいで普通の人とは思えなかった。しかも地味にムキムキだし、なんか、いい人そうだけど見た目はこわい。おそらく笑顔が素敵なだけの本当に怖い人だと思う。そんな雰囲気をひしひしと感じる。
 カフェでしばらく話をしていて、じゃあどこかに行こうかということになり、友達は化粧を直しに行った。友達の彼氏と二人……正直、気まずい。目の前のナマエさんはにこにこと笑っている。おれも一応笑っておいた。


「サッチちゃんって可愛いのなァ、リーゼント似合う子とかあんま見ないよね」

「あ、ありがとうございます……」

「彼氏、いんの? いないんなら狙いたいくらい好みなんだけど」

「え……あの、ナマエさんって、あの子の彼氏じゃ……?」


 褒められて悪い気はしなかったが、彼女がいなくなった途端、彼女の友達を気安く口説くどうなのよ。おれはそんな男は絶対嫌だ。例え、顔が良かろうとも、タイプだろうとも、なんだろうとも、絶対に何がなんでも嫌だ。お世辞にしたって冗談にしたって、彼女がいる前ならともかく、いないところで言うのは本気っぽくて嫌だ。
 ナマエさんは少し目を開いてぱちくりとした。そんなふうにすると可愛らしいけど、おれは騙されないぞ。そして彼は声を出して軽快に笑う。ずいぶん楽しそうだった。


「なんだそれ、はじめて聞いた」

「……そう、なんすか?」

「おれは彼氏になった覚えはないよ。あの子とは……友達みたいなものかなァ」


 だけど、あの子は確かに彼氏だと言っていた。それにナマエさんが来たとき、嬉しそうに抱きついていたし、彼の方もあの子を抱き留めていたはずだ。そんなのどう見たって、彼氏彼女ではないか。だけど男の方は彼氏じゃないと言う、ということは、おれにも手を伸ばして二股しようという不埒な男か、はたまた本気で付き合っていないと思っているのかの二択になるわけだが、おれにそれを見定めることはできない。「あ」と何か思いついたように口を開いて、ナマエさんは言葉を発する。


「セックスはしたけど、それとこれとは別だろ?」


 うわ最低と切り捨てることもできないわけではなかったが、おれも愛がなくてもセックスはできると思っているので反論はしなかった。そうじゃなかったら風俗なんてもの仕事として成り立たないし、実際おれもそういうことないわけじゃないし……。でも友達のことを思うならここで最低と怒るべきなのだろうか? おそらくそんなことを言ったところで目の前の男は意識を改めることはなさそうだし、改めたら改めたで友達は捨てられるだろう。なんという二択。……仕方ない。彼女には後程それとなく彼が恋人とは思っていないことを伝えよう。ちゃんと好きって伝えたか? とか聞いてみればいいのだ。
 でもそれをしたらまずいことになるんじゃあないだろうか、とナマエさんの目を見て思った。遊んでる人だというのなら重くて面倒な女はぽいっと捨てるだろう。そうしたらナマエさんは、新しい女に手を出そうとするに違いない。目の前にそこそこ気に入ったらしい女もいるらしいし。……やめようかな、そうやって聞くの。でもなあ、なんておれが悩んでいることなどどうでもいいらしく、ナマエさんはギラギラした目でわたしを見ている。


「サッチちゃん、って本当に可愛いよなァ」


 声がなんだかいやらしい。曖昧な苦笑いでナマエさんの言葉を流しながら、可哀想なくらい男運の悪い友達をそっと憐れんだ。あの人やめた方がいい、って言ったらおれが取ろうとしてると勘違いされちゃうんだろうなあ。……なんだかんだ、おれも友達運悪いのかも。ため息をついたところで事態はいっこうに変わらない。
 リリリ、とナマエさんの携帯が鳴った。「ちょっとごめんね」なんて言ってナマエさんは立ち上がる。少し離れたところで電話をしているナマエさんを見ながら、さっさと友達が帰ってきてその隙に自分だけ帰りたいなァなんて考えた。考えても当然帰ってきやしないので、またため息が出る。マジで帰っちまおうかな……。


「お前、ナマエの新しい女か?」

「へっ?」


 突然話しかけられて振り返れば、煙草を銜えた白髪の美人が立っていた。いくら喫煙席とは言え、それってどうなんだろうか。思いながらちゃんと顔を見てみると、おれとそんなに変わらないかもしかしたら少し年上の、妙に迫力のある人だった。うお、胸でけェ。つかつかと歩いて友達の席に腰を下ろした彼女は、じろじろと無遠慮な視線を向けてくる。


「あー……何か用か?」

「いや、ナマエの好みっぽいな、と思っただけだ」

「……さっきからあんた何者だ?」

「ナマエの女」

「はあ……」

「の、一人だよ」


 一人ってなんだよ。そんなに何人もいんの? ていうかこれも牽制か何か? うわ、女ってこっえー。知ってたけど。ナマエさんもすごいよな、こんな美人捕まえておいて女の一人だもんな。きっとかわいい子とかもいるんだろう。まあおれには関係のないことだ。こんな話聞いたあとじゃ絶対に靡かない。おれは一途に愛してくれる男が好きだからナマエさんはマジで論外だ。


「わかってると思うけどあいつヤクザだから覚悟はしとけよ」


 さらっと言われた一言に目が点になる。え、ちょ、はい? なに言われたの、いま。聞かなかったことにしていい? 驚いてるおれに、彼女も驚いていた。「知らなかったのか?」。そりゃ知らねェだろ、さっき会ったばっかだぞ。どう見ても普通じゃなさそうとは思っていたが……ヤーさんだったとは……。


「あー、まずいな。じゃあ今の聞かなかったことにしてくれ」

「ああ、うん、そうする。関わりたくねェし」

「……お前、ナマエの新しい女じゃねェのか?」

「まさか。可愛いとか彼氏いんのとか言われたが、おれはまったくそのつもりはねェよ」


 驚いたはずの彼女はおれの言葉で一人勝手に納得したような顔をして、椅子から立ち上がるとおれの肩をぽんと叩いた。「ナマエのやつお前に本気だ、諦めろ」。彼女はニヤリと笑って離れていった。……えっ? おれが混乱している間に彼女は美人の集団の中に入っていき、他の美人さんたちにおれのことを説明するかのようにこちらを指さしていた。……まさかとは思うがあれ、全員ナマエさんの女じゃねェよな? ……こわ。早々に帰ろう。


「ただいま〜、あれ、サッチどうしたの? ナマエは?」

「あーナマエさんは電話しに行った。それから悪いけどおれ、」


 用事入ったから、という前にナマエさんが向こうから歩いてきて笑った。綺麗で優しそうな笑顔なのに、逃がさないぞ、と言われているようでおぞけ立った。

mae:tsugi

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