!サッチ視点 ナマエはすぐに人質を取る。しかも家族をだ。突然後ろから羽交い締めにしたかと思えば、「はーっはっはっ!」と馬鹿みたいな笑い声を上げて「マルコ、おれと手を繋がないとこいつを殴るぞ!」とマルコを脅すのである。そしてマルコは至極嫌そうな顔をして「やれるもんならやってみろ」と吐き捨てる。するとナマエは驚いたような顔をして「そんなことできるわけねェだろ! おれの大事な弟だぞ!?」と叫び、マルコに「その大事な家族を羽交い締めにしてんのは誰かよく考えるんだねい」と言われたところで「うわあああああおれだあああああ! ごめんな! 次の島ではなんか奢ってやるよ本当にごめんなああああ!」と羽交い締めから一転して人質に取っていたそいつに抱き付くのである。 こんなことは日常茶飯事で、まだうちの船に乗って間もないやつはかなりの古株であるナマエに羽交い締めにされて殴ると言われれば驚いて言葉も失うものだが、慣れてくればまたやってるということになるのである。むしろそんなことをやっていながら、結局一度として家族を殴ったことのないナマエの人質に取られるということは、他のクルーにとってはラッキーなこととして定着していた。お詫びとばかりに次の島では大体どんな我が儘でも聞いてくれるからだった。手を繋がないと殴るという意味のわからない脅し文句であることも手伝って、ナマエが仲良くしたいクルーとのきっかけにしているだけだというのが船での認識で、マルコ隊長も手伝わされて大変だなァ、なんて、皆が思っているのである。 「……なァサッチ、おれはマルコにそこまで嫌われてるんだろうか」 実際、あの奇行の真実は、ナマエが本当にマルコと手を繋ぎたいだけのことである。勿論理由はナマエがマルコを好きだから。それを知っているのは相談を受けているおれと本人のナマエの二人だけである。 普段の馬鹿みたいなテンションの高さから一転、悲壮感を漂わせて落ち込んでいる様は結構心配になる。しかしその悩みの内容がくだらないとくれば心配してやる気も失せるというもの。 「可愛い弟たちを殴られるよりもおれと手を繋ぐ方が嫌だなんて……」 それはナマエが絶対に殴らないからとわかっているからであって、そもそもナマエがそんなことで家族に手をあげるような男だったらさっさと追い出されているはずなのだが、こいつは何度説明しても理解しないので説明するのもやめてしまった。どうせこいつの中ではマルコは自分のことが嫌いだと確定していて、うじうじとした思いを口から吐き出したいだけなのだ。しかし今日はいつもの三倍増しにうざったいオーラが出ている。おれの方がため息つきたいんだけど、とは言えない雰囲気に、仕方なくアドバイスをしてやることにした。 「一回、普通に手ェ繋ぎたいって言えよ」 「ええ……? 弟たちを人質に取ってもダメなのに?」 「その弟たちを人質に取ってることが前に出すぎて、手を繋ぎたいっていうお前の気持ちがあんま伝わってねェんじゃねェのか?」 家族を大切に思っているマルコだからこそ、というところをプッシュしてアドバイスしたらなんとなく納得してくれたらしくナマエは走ってマルコを探しに行った。これで早く思いが伝わればいいのだが……。 ため息をつきながら立ち上がり、キッチンでの仕事に戻ろうとしたらどすどすと機嫌の悪そうな足音が聞こえてきて、おれはまたため息をついた。今度はこっちか。 「サッチッ!」 「はいはいなんだようるせェな、また愚痴ですか? 一番隊隊長さん」 「ああ、そうだよい! いいからそこに座れ!」 マルコがかなり憤慨した表情でそんなふうに怒るものだから、キッチンにいるやつらはきっとビクビクしていることだろう。あとで慰めておいてやらねーと。マルコに言われた通り先ほど座っていた席に腰を下ろすと、マルコは一気に捲し立てた。 「あいつ本当にいい加減にしてほしいよい人を他のやつとイチャイチャするきっかけにするなんて本当にいい度胸してやがるぶん殴りてェくらいだ毎回のことでわかりきってるくせに期待するおれもおれだよい手を繋ぎたいとか意味わかんねェこと言われてんのにドキドキするってなんだ大体なんでおれは一回も人質に取られねェんだよいエースのやつなんかもう三回も人質に取られてサッチですら人質に取られてるってェのに!」 「おいなんでおれの悪口なんだよ!」 「おれもせめて羽交い締めにされてェよい……」 「言っとくけどあいつの羽交い締め、結構マジのやつだぞ? 痛いんだぞ?」 「ケッ、自慢しやがって」 「自 慢 じ ゃ ね ェ よ !」 そう怒鳴ってもマルコには届かない。そう、あんなバカを好きになるようなマルコには届かないのだ。本当にこいつら勘弁してほしい。二人ともお互いのことが好きなのに、全然通じあってないのだ。似た者同士で本当にお似合いだと思う。だからせめておれに害のないところでやってほしいと思っているのに、どうして二人ともおれに相談してくるんだ。 頭が痛くなってきた頃、走るような軽快な足音が聞こえてきた。……これはまさか! おれはバッと立ち上がってキッチンに駆け込んだ。マルコが不思議そうな目でこちらを見ていることを確認しつつ、奥へと引っ込む。聞こえてきたのはやはりナマエの声だった。 「い、いた! マルコ!」 「な、なんだよい……」 「そ、その、だな、……えーと、」 いいから言えよ! 心の中で念じてみても声は聞こえてこない。ああもうあいつ何ぐずぐずしてんだよ……! あまりの苛立ちにカウンターから顔を出せば、ちょうどナマエだけがこっちを向いている。おれに気が付いたナマエが非常に情けない顔をして助けを求めているように見えたが、おれにできることは“言え”と口パクで伝えることくらいだった。ナマエが泣きそうな表情で、深呼吸をする。マルコも緊張しているのか、落ち着きがない感じが後ろ姿だけでも伝わってきた。 「手、貸して」 「……? ……ほら」 差し出された手をナマエがぎゅっと握って、それから二人は何も話さなくなった。おそらく二人ともこの状況に困っているのだろう。あっさり手を繋げてしまってどうしたらいいかわからなくなったナマエと、手をいじくり回されてどういう意味かわからないマルコ。見ているだけでついイライラしてきてしまって、気がついたらおれは叫んでいた。 「もういいから好きって言っちまえよ馬鹿!」 二人がおれのことを同時に見て、信じられねェこいつ言いやがった! という顔をしてきているがお前らその横見てみろよ。全く同じ表情してかっら。「いいから!」と繰り返せば二人同時に好きだとか言いやがってそれだけでも御馳走様という感じなのに、やっと解放されたと思ったおれは今度から愚痴がのろけ話に変更されるだけとかなにそれ聞いてない。 不吉な予感を捉えきれず(サッチが) |