島に着くといつもなら一緒に船から降りると言って聞かないはずのナマエが、「先に行くなー!」とレイリーを置いて降りた。そのことに船中が戦慄した。レイリーの機嫌は急降下し、街には血の雨が降るかもしれない。ちらりとロジャーがレイリーを見る。……口だけ笑っていた。巻き込まれないようにと全員が退避する中、街の人たちに迷惑をかけることは避けたいロジャーだけがどうにかその場に残っていた。船長としてのメンツもある。


「レイリー、お前、」


 落ち着け、と言いかけた唇はきゅっと閉まることを選んだ。ロジャーはすごすごと引き下がる。大変申し訳のないことだったが、街の住人よりも自分たちの安全の方が大事であると判断したためだった。レイリーはにっこりとわざとらしい笑みを浮かべると「少し出てくるが構わんな?」と有無を言わせぬ声で言いきって、ナマエのあとを追いかけて行った。──触らぬ神に祟りなし。今のレイリーは邪神のようなものだった。

 ※

 ナマエならどこにいてもわかる、ということはないにしろ、ナマエの行きそうな場所ならレイリーにはわかりきっている。ナマエという男はとりあえず目ぼしい食べ物がないかと街の栄えた場所に出る。しかしナマエの好きそうな食べ物屋を覗いてみてもその姿はどこにもなかった。探した場所にその姿がないというのは結構なストレスになるもので、レイリーはだんだんと苛立ちを隠しきれなくなっていた。周りが無意識的に避けているのがいい例だろう。
 ナマエの姿が認識できないだけでなんてざまだ、とレイリー自身も思うのだが、それを自制することは日に日に難しくなっている。自分が嫉妬にかられた姿を見せれば少なくとも同じ船に乗っている仲間たちは手を出そうだなんて考えなくなるため、最早癖のようになっていてやめることができなくなった。それが悪化して今に至るのだが……。

 そんな思考をレイリーはすぐさま打ち切った。視界にナマエの姿を見つけたがゆえ──装飾品に興味のないはずのナマエが、アクセサリーショップなんていう、とんでもないところに入っていくところが、見えたからである。脳内に浮かんだのは浮気の二文字だった。興味のないものを買うときにはプレゼントと相場が決まっている。ナマエは魅力的な人間であるから、それに害虫が集るのは致し方のないことであったが、だからといってそれをレイリーが許すわけもなかった。とりあえずその相手はぶつ切りにして、ナマエは部屋に押し込んでおこう。
 そのためにも見つからないように隠れながら尾行しようと心に決め、店の入り口が見える位置を陣取っていると店の中から怒鳴り声が聞こえてきた。明確な言葉を聞き取ることはできないものの、それは間違いなくナマエの声であった。さすがにそうなれば放っておくことができなくなって、レイリーは店へと足を踏み込んだ。


「だから! こんくらいの指太さだっつってんだろ!」

「だァからァ! 正確に指の太さがわかんねェと作れねェつってんだろ!」

「あァ!? 正確な数字出てんじゃねェか!」

「てめェの指で作った隙間の数字だろうが! 信じられるか!」

「んだとォ……!?」


 どうやらナマエは相手の指輪のサイズも知らずにやってきて、自分の指で作った隙間のサイズで指輪を作オーダーしようとしているらしい。指輪ともなれば相手は女だろうか。女はそういった装飾品が好きだから当然と言えば当然のことかもしれない。……やはりぶつ切りにするのはやめて、どこかの店に売り払ってしまおう。それがいい。人のものを取ってはいけない、と性根に刻み込まねば気が済まない。
 そのあとも揉めていたかと思うと、店のオヤジとナマエがつかみ合いになっていた。ナマエに触れられるというのも嫌だし、さっさと止めに入ろうとレイリーは二人に近付いて行った。殴り合いになればうっかりナマエが殺してしまう可能性もある。そうすると浮気相手の正体がつかめなくなってしまうではないか。


「こらナマエ、店の外まで声が響いているぞ」

「レイリー! いいところに!」


 ついて来ていたことなど知りもしないはずなのに、ナマエはレイリーの姿を認めると腕をつかんでカウンターの上に置いた。何事かと思っている間に、ナマエはレイリーの左手の薬指にメジャーをまきつけ始め、数字が店のオヤジによく見えるように手を突き出した。その表情はどこか自慢げに笑んでいる。


「ほら! ぴったりじゃねェか!」

「なん……だと……!」


 そこでレイリーはようやく、ナマエの作りに来ていた指輪というものが自分に送られるものなのだと気が付いた。おそらく先に船から降りて貴金属の店に入ったのはサプライズで渡すつもりだったが、ナマエは口論に白熱しすぎてサプライズのことなどすっかり忘れてしまった、というところか。そこまで推測が行ったところでレイリーの中のは悪いものはすとんと落ちて行った。ナマエは相変わらず、レイリーのことしか考えていなかった。そう思うと唇は勝手に弧を描いた。


「ところでナマエ、指輪を私に送るつもりだったのか?」


 意地悪でそう言えば、ナマエはそこで自分の失態に気が付いたらしく、全身で“やってしまった”とリアクションしてくる。レイリーはそういうナマエの疑う余地がないほどのわかりやすい感情表現が好きだった。だからこそ余計に笑みが深くなる。ナマエは唇を尖らせて「いやほら、なんか色々もらってばっかだし、なんか形に残るもんで返したいなーって思ってさ……」と正直に話してくる。
 店のオヤジはナマエもレイリーも男だというのに薬指の指輪を送ろうとしていることに野暮な感想は持たなかったようで、「なんならペアで作ってやろうか?」と平然と言葉を返してくる。ナマエはその言葉に頭を悩ませているようだった。


「いやでも実際、指輪って抜けそうだよな? 戦闘中邪魔になるか? どう思う、レイリー」

「刀を握るときに邪魔になるかもしれんな」

「あー、そうか……そこまで考え付かなかったな。うーん、あっじゃあ足首にさ、なんかつけんのは? 邪魔じゃないよな?」


 レイリーが肯定の意味を込めて頷けば、ナマエは早速店のオヤジと話し始めた。あれがいいだのこれがいいだの、レイリーにはこの柄は似合わないだの、至極凝ったリクエストがまとめられて、二人で店を出た頃には既に昼の時間を過ぎていた。ナマエは疲れたけれどやりきったという表情をしており、レイリーはつい笑ってしまった。レイリーが笑ったことに気が付いたナマエも笑う。


「腹減っちまったな! どっか食いに行こうぜ!」

「ああ、そうするか」


 頭上を照らす太陽のような明るい笑み。眩しくもあったが、とても心地が良いものだった。

 ※

 ナマエはもともと楽観的で前向きでポジティブな性格をしており、何も悩みなどないような、この世には悪いことなど何もないのだと言わんばかりの雰囲気を発している。勿論そこまで愚かな男でもないのでそんなわけがないということは百も承知なのだが、周りからの意見は変えようもない。ただ実際ナマエの悩みなど、レイリーの誕生日がどうだとかそんなものであり、本人にとっては一大事だとしても周りからすれば大したことではないのである。
 そんなお気楽単純な男、ナマエにレイリーが惹かれたのは当然のことだった。レイリーは基本的にナマエとは正反対の性格をしており、常に最悪のケースをも思い描きながら生きている。しかしそれを踏破する力や負けん気はしっかりと存在していたため、誰にも気付かせずにいた。自分の性質が周りの重荷になりかねないと理解していたからである。ナマエが“なんとかなる”という考えを元に生きていたとすれば、レイリーは“なんとかする”という考えを背負っていた。精神的にも強かったレイリーはそれらの重圧に耐えることができてしまった。しかし、耐えられるということは痛くないことでも苦しくないことでもない。
 辛さをひた隠していたそんなとき、新たに仲間に加わったお気楽な男が自分の異変に気が付いて、しかし元来の性質を否定することもなく、一緒にくれるということがどれほど嬉しかったことか。自分を明るい場所へ引き上げてくれることがどれほど癒されたことか。それ以来、レイリーは嵌めるかのごとく、ナマエを自分に引きずり込んでいった。策を弄して自分のことを好きにさせた──そんなふうに思い込んでいる。だからいつもナマエが自分を捨てないかと不安になる。実際のところ、ナマエはレイリーに一目惚れをしていつも気にかけていたから異変に気が付いたのだが、その話がナマエの口からレイリーにもたらされるのは老齢に達してからのことである。

サイケデリックの迷路

回避スキルの根明くんとレイリーさん@sioさん
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mae:tsugi

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