お付き合いをして数日。何が変わったわけでもなかった。デートの帰り際に軽くキスされたくらいだ。一切ねちっこくない挨拶のそれにナマエさんのイメージと違うなァなんて驚きはしたけれど、おれのために段階踏んでくれてるのかと思えば普通に嬉しかった。
 ──が、やはりそんなわけもなく、料理を作ってほしいと言われてほいほいナマエさんの家に行って飯食い終わってソファに座った瞬間押し倒された。それが今。え、えっ、こんな予定じゃなかったんだけど。と、とりあえず生理もまだだし、下着も問題ない。今日は気合い入れるために新しいやつ下ろしてきたし……って言ってもナマエさんの好みと違ったらどうしようとかあるけどそれはまあいい。ナマエさんならさりげなくおれのことを好みの女にしていくだろう。そんなことよりもナマエさんの端正な顔がどアップでとても心臓に悪い。どくんどくんと心臓が波打つ中、ナマエさんはニヤニヤと悪い顔をしていた。


「その驚き方はもしかすると全然そんなこと考えてなかった?」

「えっ、あ、いやー……あはは」

「男の家に来るってのにその警戒心のなさはヤバいよ、おれ以外のやつには気を付けてね」

「いやさすがにナマエさん以外の男の家とか行きませんし」

「そう? ならいいけど、もし手ェ出そうとしたやつがいたら言って。ちょーっと痛い目見てもらうからさ」


 事も無げに呟かれた言葉に、むしろぶっちぎりであんたの方がヤバいんだけど、と思ったものの口には出さなかった。ナマエさんより危ない人間をおれは知らない。腹刺されたり、明らかな舎弟さんがいたり、そんな人は絶対周りにナマエさんしかいないのだ。最近ナマエさんの身体に和彫りが入っているのを見た学校の友人から心配されていて噂が地味に広がっているから誰もおれに手を出してきたりはしないと思う。


「あ、ナマエさんよりいい男とか学校にいないんで、誰も声かけてこないと思います」

「へェ、そうなんだ?」

「そうですよ、迎えに来てくれるんで付き合ってんの大体知られてますし。それでおれに声かけてきたら相当頭悪いっていうか」

「いや、そっちじゃなくてな」


 ナマエさんの言っていることがわからなくて首を傾げていると、ナマエさんは唇の端をくいっとあげながら「おれよりいい男、いねェんだ」と意地悪に笑った。そりゃあそうだ、だってナマエさんは割とおれの好みどんぴしゃだし、こんな格好いい男がどこにいるんだろう……とおれがナマエさんに対する感想を考えている間に、自分がどれほど恥ずかしいことを言っているのかということに気が付いた。面と向かって告白しているようなもんだ。じわ、と熱くなっていくおれの顔を見たせいか、ナマエさんは笑みを深めた。


「なァ、今まで会った男の中でおれが一番いい男?」

「う、か、からかわないでくださいよ!」


 にやにやと笑っているナマエさんはすごく楽しそうだ。そんな質問をされたって困る。付き合った男ではなく出会った男というくくりならば実際一番顔がいいのはナマエさんじゃあないかもしれないが、一番魅力的なのはおそらくぶっちぎりでナマエさんだ。失礼な言い回しになるかもしれないけれど、“悪党”ってのはそれだけの魅力がないとなれないような気がする。しかしそんなことを面と向かって言えるわけもない。……のだが、おれの表情一つで全部伝わってしまっているらしい。ナマエさんは相変わらずのにやにや顔だ。


「え〜? 本気で聞いてんだけどなァ?」

「わ、わかって言ってんでしょ!」

「なんのことだかわかんねェけど、サッチちゃんの口から聞きたいなァ」


 わざとらしい言い方。なんのことだかわからないのなら何を聞きたいって言うんだ! ナマエさんほどの人が好きな子ほどいじめたいという小学生男子のような心理でもあるまいし、多分ナマエさんはちょっと意地悪してやろうくらいのきもちなのだろうけれど、いじられた方はたまったもんではない。ただでさえナマエさんには余裕があっておれには余裕がないというのに、これでは余計にその差が広がってしまうではないか。
 どうにかこの状況を打開できないかと思って、ナマエさんをキッと睨みあげる。ナマエさんはすこし目を見開いたあとにんまりと笑みを固定させた。そんな余裕たっぷりなナマエさんに向かって、おれは唇を開いた。


「ナマエさんが一番、魅力的、です」


 毅然とした態度で言ってやろう、と思ったのだが、結果としては余裕のなさが露呈してしまっただけのような気がする。これじゃあナマエさんのお願いを聞いて言わされたのと変わらないではないか。おれが恥ずかしさに身悶えていると、ナマエさんは喉の奥でクッと笑った。顔を上げれば、先ほどまでの笑みとは違う、ナマエさんっぽくない爽やかな笑い方だった。新たな一面を見せられてドキッとする。


「まさか本当に言ってくれるとは」

「……ナマエさんが言えって言ったんじゃないっすか」

「まァ、言ったけど」


 ナマエさんがとても嬉しそうに目を細めておれのことを見てくるものだから、なんだか胸の奥がきゅんきゅんするような気がした。悪党なのにこんな穏やかな人のいい笑い方しちゃうんだもんなァ……ギャップ萌えって言うんだろうか。こりゃあモテるよなァ、と改めて思わされた。そしてふと「おれは、」ナマエさんが出会った中で一番になれるものありますか? と聞きそうになって口をつぐむ。ナマエさんが途中で言葉をやめたおれに、不思議そうな顔を向けてきた。


「や、やっぱいいです」


 聞かない方がいいだろう。もし一番魅力的だよ、なんて言われても信じられないからだ。どう考えたっておれより美人なおねーさんばっかだったし、まだ学生のおれと比べたら俄然向こうの方が色っぽかったし、現時点で勝ってそうなことと言えば、若さくらいなもので……あれ、もしかしてこれってしばらくして年取ったらぽいっと捨てられちゃったりする? ……いや、まだ付き合ってそんなに経ってもいないのに深く考えるのはやめよう。そういうのはフラれたときに考える。今は幸せなんだからわざわざネガティブに考える必要もないだろう。
 おれがそんなことを考えている間にナマエさんはおれの言いたかったことを理解したのか、さわやかな笑みはどこへやら、にんまりと悪戯な笑みに戻っておれを見ていた。


「一番可愛いかなァ」


 なんか、無難な答え、か? 別におれも可愛いってタイプじゃあないけど、集まってたおねーさんたちに比べれば可愛いかもしれない。むこう、一人も可愛いってタイプじゃなかったし。とりあえず「ありがとうございます」と返してみれば、何がおかしいのかナマエさんは口元を隠し声を上げて笑い始めた。何か検討はずれな答え方でもしてしまっただろうか。おれが困惑していると、ナマエさんは笑いながらもおれの疑問に答えてくれた。


「男の言う可愛いってのは、傍に置きてェ、って意味だぜ?」


 ……正直に言って、すごい、嬉しかった。じわあ、と顔がまた熱を持っていくのがわかる。いや、すこし考えればわかることなんだけど。だってわざわざおれと付き合うためにほかの人と縁切って、刺されて、そこまでしてくれてんだからそういう意味だろうってのはわかるんだけど、面と向かって言われると照れるというかなんというか。目を逸らしそうになったおれの顔にナマエさんが近づいてくる。驚いて目蓋を閉じると、目元にやわらかい感触。チュッとわざとらしい音を立てて離れていくのはさすがと言ったところか。目を開くとナマエさんがやらしい顔で笑っていた。


「さーて、じゃあそろそろ雑談はおしまいでいいか?」


 ぴしり、と身体が固まる。そうだ、おれ、押し倒されてたんだった。ずっとその体勢のままだったというのにすっかり忘れていたなんて、若干失礼な話である。いやでもそれはナマエさんの話術がすごいからであって、おれのせいじゃないというか。結局心の準備なんてできているわけもないおれは、色々な言い訳をしてしまう。ご飯食べたばっかりだしとか怪我してるじゃないですかとか、まあまあ筋の通った言い訳を展開してみた。けれどナマエさんは「言い方変えるか」と笑みを深めておれに顔を近づける。心臓が破裂するんじゃないかってくらい、どきどきした。


「お前が一番好きだから、ちゃんと拒絶しねェなら抱くぞ」


 その言葉に嬉しくなってしまっておれはうろたえながらも小さくうなずいてしまった。やべ、と思った瞬間には時すでに遅し。触れるだけではないキスをされて、ナマエさんが体重をかけたせいでスプリングがぎしりと鳴る。ナマエさんのキスに言いようにされて真っ白になった頭の中でも、このキスが終わったら風呂だけは先に入れさせてもらおうと考えていた。

次からは勝負下着で来ます

つかまえちゃうぞのサッチ夢、2人がお付き合い出来る話@匿名さん
リクエストありがとうございました!


mae:tsugi

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