ちょっと下ネタ(R17)で真似してはいけません。


 デケムは、人間のクズである。家事ができず著しく生活能力がない。やる気を出して働けば痴情の縺れで辞めさせられるため、誰かの情人であることが常である男だ。性格的に言えば優しく頭も回り人に気を使えるのだが、いかんせん芸術的センスとセックスとコミュニケーション以外は無能であるので、ある種人を苛立たせる天才でもあった。本人がその無能さを自覚していながら誰かに養ってもらえばいいと思っているところもよくなかったのだろう。

 そこそこの稼ぎのあるOLに捨てられ、地面に転がっていたデケムを拾ったのはドフラミンゴだった。いい年をした男が地面に転がっているのはなかなかに滑稽だったので、話を聞いてやるとバーに連れ込み、気が付いたらドフラミンゴが飼っている状況になっていたのである。いつの間にか住み着いていたデケムに気が付いたとき、人に漬け込むことが上手いだけのことはあると感心したものだ。

 そうして思ったのは、女に飼われるから長く続かないのだろうということだった。女なら人格的には問題の少ないデケムを恋人という目で見て、いつか結婚をとなるだろう。だが生活能力のない男と結婚できるのは余程の金持ちくらいなものだ。ずっと不安がつきまとうことになる。しかしドフラミンゴは男だ。金は有り余るほど持っているし、男と結婚などするつもりもないし、恋人とも思っていない。いわばペットだ。ペットなのだからどんなに疲れて帰ってきても食事の用意をしてやるし、おかえりなさいと嬉しそうに近寄ってくれば頭も撫でてやるし、欲しいものがあるのなら与えてやる。しかも動物と違ってデケムは一応人間なのだから言ったことは正しく理解するし、トイレの世話をしてやる必要はないし、うるさく吠えることもない。ついでにセックスがうまい。ペットにしては上等なものだった。

 いつか飽きて捨てるだろうと思ったが、ドフラミンゴの気まぐれは存外長く続いている。無能だとわかりきっているから期待もしていないし、いつ何時でも都合のつく人間というのは貴重だった。まだしばらくは飼ってやってもいいと思っていた。──ドフラミンゴが一週間の出張から帰ってくるまでの話である。


「おいおい、これはどういうことだ?」


 ドフラミンゴの唇がニンマリと笑みを作っているのは面白いからでも楽しいからでも嬉しいからでもなかった。むしろその正反対。面白くないことが起こっているから笑っているのだ。
 まず家の中が異様に綺麗であるということ。デケムは出したら出しっぱなし、食ったら食いっぱなしを信条に生きているのではないかと思うほど、片付けには無頓着である。だというのに、下手をしたらドフラミンゴが出かける前よりも部屋の中が綺麗になっていた。
 この時点でだいぶ怪しいのだが、第二に、ゴミ箱を開けたらケーキの空箱があったということ。デケムは家の中でテレビやネット、本を与えておけばそれだけで満足するような安上がりな男だ。決して外に出たいなどとは言わないし、コミュニケーション能力は高いものの人が好きというわけでもなかった。外に出るときはドフラミンゴと出かけるときだけという引きこもりである。ネットショッピングをして宅配便を受け取ることくらいはできるため、ドフラミンゴは金を渡してはいたがケーキを買ったことなどなかったはずだ。しかも女子に受けのいい有名なブランド店のケーキなど、絶対に買う訳がない。だからケーキの箱があるなんてことはおかしいのである。
 そして最後に、デケムはテーブルに突っ伏して眠っている。普段ならば玄関でドフラミンゴを出迎えるような生粋の奴隷根性を持つデケムが、剃れというまで剃らないはずの髭を綺麗に剃り、小綺麗な格好をして眠っている。まるで普段行わない行動を取ったから疲れたとでも言うように。

 以上のことを総合して、ドフラミンゴはこう判断した。

 こいつ、おれのいない間に女連れ込みやがったな。

 部屋が綺麗になっているのは女に片付けてもらったから。ケーキの箱があるのは女が買ってきたから。小綺麗な格好で寝ているのは女を呼んで疲れたから。
 よりにもよって、ドフラミンゴの部屋に、である。ぶち殺してやろうかという殺意が湧いたが、殺したところで捕まるのは自分なのですぐに落ち着いた。落ち着いたというよりは落ち着いたふりをしたといったほうが正しいのかもしれない。
 そして飼い主の手を噛むような真似をしてくれた不埒ものに制裁を与えるべく取り出したのは、ガムテープだった。座っている椅子の背もたれごと身体に巻きつけて固定し、目元にもがっと思いきりガムテープを貼ってやる。髪が抜けるだとかまつげが抜けるだとかそんなことは知ったことではない。従順だと思っていた犬に手を噛まれたドフラミンゴの怒りはそんなことでは収まらないのである。
 足も椅子の脚に固定し終わり、こんなことをされてもまだ眠っているデケムを起こすべく思いきり椅子を蹴り付けると、デケムの身体がぴくりと動いた。


「……んァ、………………えっ、ちょ、なに? これどういうことっ!? えっ!?」


 すぐに身体が動かないことを理解したらしいデケムはパニック状態だ。そりゃあそうだろう。だが少しだって同情はしなかった。裏切り者には死を──というのは無理なので、恐怖体験くらいさせてもいいだろう。


「な、なに、も、もしかして強盗とか……? だ、誰かいますかー……?」


 デケムの声が明らかに怯えを持って震えているのがわかって、ドフラミンゴの気はすこしだけ晴れたが、その声にも答えずにじっとデケムを観察しているとデケムはゆっくりと息を吐き出して気を落ち着けているようだった。


「ドフィちゃんが帰ってくる前に、なんとか、しないと……隠れてる強盗に、刺されたりするかも、……ううっ、ぜったいだめ、」


 予想外のことを口にしたデケムに、ドフラミンゴは目を見開いて驚いた。他力本願の代名詞と言ってもいいほど他者に任せきりのデケムが、ドフラミンゴを守るために何かせねばと思っているのである。半ば涙声ではあったが、デケムの気持ちにドフラミンゴは頬を緩め、何を絆されようとしているのだとおのれを叱咤した。
 デケムは飼い主の家に雌犬を連れ込むような馬鹿である。こんなことで絆されていい訳がない。ドフラミンゴが一歩踏み出してデケムに近づくと「ひ、ひえっ誰かいる!? いますか!?」となんとも情けない声を上げて震えていた。声をかけぬまま近付いて、ズボンに手をかけると震えていた声が絶叫に変わった。


「うわああああちょっと待ってお願いします局部切り落とす気だよね!? やめて死んじゃうって!! なに!? おれに恨みのある人なの!? 誰!? もしかしてユウちゃん!? この前結婚断ったから!? それ逆恨みだよ!?」


 いつの間にかユウちゃんに求婚されていたらしいデケムは、どうやらお断りを入れたらしい。ユウちゃんというのは、ドフラミンゴの前にデケムを捨てたあのOLである。まだ繋がりがあったとは……と舌打ちをしたくなる反面、どうしてその求婚を受けなかったのか気になるところではあった。いつ捨てられるかわからないドフラミンゴよりもデケムがどういう男か知っていて一度捨てていて、それでもなお結婚しようと言ってきた女の方がいいだろうに。
 ドフラミンゴが買い与えてやったパンツごとズボンを下げてやると、デケムの萎えきった性器が目に映った。普段は怒張している状態でしか目にすることはないのだが、ドフラミンゴを満足させているだけのことはあるサイズをしていた。デケムのわあわあと泣き喚く声が煩わしくて萎え切った性器を思いきり掴むと、デケムの身体がびくりと震え絶叫が収まった。


「えっ、え? ド、ドフィちゃん? ……つかんでんの、ドフィちゃんだよね?」


 なんでわかるんだ、とドフラミンゴが瞠目して驚いている間に、デケムは冷静さを取り戻し、ふうと安心したようにため息をついていた。デケムは相手がドフラミンゴであると確信を持っているようで、さっきまでの怯えは綺麗さっぱりなくなってしまったようだ。萎えきっていたはずの性器も若干硬さを持っているような気がして手を離すと、デケムはなんてことないことのように笑っていた。


「わー、もうびっくりしたよー。ドフィちゃんだと思わなかったからさァ、ドフィちゃんおかえり。出張お疲れ様。寝ててごめんね」


 こんなことをされておきながら、いたっていつも通りに会話をするデケムが本当に心の広い人間なのだと思わされたが、自分が何故こんなことをしでかすことになったのかを思い出し、声をかけることはしなかった。ドフラミンゴが割りとおしゃべりなタイプであるとわかっているデケムは、黙り込んでいることに対し違和感を覚えたようで徐々にその顔色を悪くさせていった。


「ド、ドフィちゃん、なんか怒ってる? もしかして勝手に部屋掃除したの怒ってる? ケーキ買ってきてひとりでドフィちゃんの誕生日お祝いしたのも怒ってる!? それともドフィちゃんが欲しがってたボトル見つけて買ってきたのに勝手に開けたから!? 美味しかったですごめんね!? セラーにもう一本入れてあるから許して!!」


 ぺらぺらと聞いてもいないことまで話し始めたデケムの言葉に、ドフラミンゴは驚いた。まさかデケムが自分で部屋の片付けをしたり、いない間にあったドフラミンゴの誕生日をひとりで祝っていたなどとは思わなかった。視線を落とすとデケムの性器はまたすっかり萎えてしまっていた。
 下半身を晒され、椅子に巻き付けられたまま、ひんひんと泣き始めたデケムの無様さったらない。けれどドフラミンゴは自分が勘違いして酷いことをした罪悪感からか、無性に愛しさのようなものを感じてしまった。同時にデケムが普段しないようなことをした理由を知りたくて、ドフラミンゴは小さな声で疑問を投げかけた。


「なんで、勝手に片付けた?」

「やっぱりそれで怒ってたの! ごめんね、おれ、ちょっとくらい自分でやんなきゃと思って……」

「あ? ……急になんだ」

「……だってドフィちゃんそろそろ周りから結婚とかせっつかされてるでしょ? そしたら出てかなきゃいけないし、できるだけ長く一緒にいられるようにドフィちゃんのご機嫌取ろうと思って……。しかも極めつけにケーキ買いに行ったらユウちゃんに会って結婚しようとか言われて余計にドフィちゃんの結婚を意識しちゃうしさァ……勝手に触ってごめんね、おれのこと捨てる? もし今捨てないなら、できれば捨てるときは前もって言ってほしいな、そしたら次見つけとくからさ」


 次、という言葉を聞いて、結婚だどうだと言っていたデケムの話が全部飛んでしまった。こいつは、何を言ってるんだろうか。今ドフラミンゴに飼われているくせに次の飼い主のことを考えるなんてどういう了見なのだ。
 頭にカッと血が上ったが、しかしすぐに下がっていった。何故なら、先ほどまでドフラミンゴはデケムのことを捨てようと考えていたからだ。そう思っていたくせにデケムが次に行くことを許せないと思っている。ドフラミンゴのことを裏切っていなかったことがわかったから、というだけではない何かがそこにはあるような。
 黙り込んでしまったドフラミンゴに、デケムの不安そうな声が聞こえてくる。そのうちにどうでもよくなって考えるだけ無駄だと答えの出ない思考をかなぐり捨てた。デケムはドフラミンゴのものなのだ。誰にだって渡しはしない。


「デケム」

「ん、今すぐ出てく?」

「馬鹿か。お前はうちにずっといりゃあいいし、別に何かしてくれることを望んじゃあいねェ。おれは誰とも結婚するつもりはねェし、仮に結婚したとしてもお前に家くらい買ってやれるくらい金は有り余ってんだよ」

「…………居ても、いいの」

「いろって言ってんだ。お前拒否できる立場か?」


 首をぶんぶんと横に振ったデケムをそのあと解放してやれば、わんわんと泣きながら抱きついてきた。デケムをなだめたあと、風呂などどうでもいいと二人でベッドに入った。セックスもせずに一緒に眠るのは初めてのような気がしたが、寒くなってきたからちょうどよかったのかもしれない。
 翌日、昨日の疲れから欠伸をしながら出社したドフラミンゴに、弟であるロシナンテが珍しいなどうかしたのかと話しかけてきた。掻い摘んで大筋を話すと、ロシナンテが楽しげに笑ってドフラミンゴを見た。


「ドフィ、それプロポーズじゃねェか!」


 一瞬時が止まったような気がして、次の瞬間、ドフラミンゴは不細工な笑顔を見せてきた弟の顔面を思いきりひっぱたいていた。だってまさか、飼い主様がペットなんかに惚れるわけもない。ないったらない。あり得ないのだ。

ばらいろの罠



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