デケムが浮気をした。いつものことだったので女を八つ裂きにしたら、デケムの顔が真っ青になっていた。これからことに及ぼうとしていたのか、デケムは風呂から出てきたばかりで髪はまだ湿っていた。
 温まってきたはずなのに真っ青な顔をしたデケムが指し示したのは、ベッドの上で血の海を作っていた女の死体だった。馬鹿みたい着飾って処女のように恥じらって頬を染めているような、頭の悪い女だった。デケムはおれのなのになァ。


「ド、ドフィ……それ、」

「あァ、そうだな」


 それだけで十分伝わったようで、デケムはまるで話の中に出てくる王子様のようなきらびやかな顔に絶望したとばかりの色で塗りたくって、床にへたりこんだ。おれが近付いていっても震えることはない。怖がっている様子はどこにもなかった。
 「デケム」と声をかけるとデケムがゆるりと顔を上げた。整いすぎた顔が、落胆したような表情でおれを睨みあげている。お前が悪いくせに、どうしてそんな顔をするんだろうなァ?


「どうしてあんなことしたんだよ」

「お前が悪い。あんな女抱こうとするから」

「……あのさァ、まるで浮気みたいに言ってくるけど、仕事だぞ! わかってるよな!? 文句があるなら仕事割り振ってるトレーボルに言ってくれよ!」


 頭を抱えるようにして睨んでくるデケムの顔をつかむと、端正な顔がおれの力で歪んだ。デケムの怒りは続行しているようですこしも謝ろうとはしてこない。おかしいじゃねェか、まさかおれが悪いとでも言う気なのか。
 ばちんとおれの手を叩き落としたデケムが、おれの顔に指を突きつけてきた。整えられた爪は、誰のことを思って切られたのだろうか。


「わかってんのか! もう少しで情報が引き出せるとこだったのに、全部台無しになっちまったんだぞ!? 何人目だと思ってんだよ!」

「それがどうした」

「…………そうかよ。もういい。死体の処理はグラディウスでも呼んで適当にやってくれ、おれは帰る」


 おかしいじゃねェか。恋人が他の誰かを抱くことが許せないだけなのに、何故そんな顔で睨まれて、そんなふうに怒られなければならないのか。どう考えたって、何があったって他の誰かを抱こうとしていたデケムがおかしいはずなのに。
 去っていく背中を見ていたら、ふと手が動いていた。ゆるくデケムの首に糸を引っ掛けてそのまま引っ張れば、いきおいよく床に倒れた。当然だ、デケムは戦闘員ではない。裏でうまく立ち回るのが専門なのだ。こうして攻撃されたら一溜りもない。


「お前なァ、何すん、──ッ!」


 ざくりと。デケムの肌が裂けていた。身体を丸めて痛みに耐えるデケムの姿を見てたら、どうしてか傷が増えていっていた。このまま放置すればきっとデケムは失血死してしまうだろうというほどの傷を負わせたところで、床に転がっているデケムの顔を覗き込んでみたけれど、デケムはまだ怒っているようだった。殺されかかっているのだから、当然なのかもしれない。


「ドフィ、おまえ、おれを殺す気か」

「さァな」

「……別に、お前に殺されんのは、いいけどよ、」

「いいのかよ」


 理解できない。恋人だからと言って殺してくるだなんておかしいじゃねェか。それは認めていいことではないはずだ。とすると、今おかしいのはおれの方なのだろうか。恋人に浮気をされたから殺すと言うのはおかしいのか? いやだがどちらにしたってデケムもおかしいのだから、結局お似合いということである。それならいい。口が弧を描くと、デケムが怒っていた顔を緩めて力なく笑った。


「おれはいいけど、お前……ぜったい、後悔するから、な」

「そうか?」

「ああ、 ……ドフィ、」


 ほんとうは、と小さい声が聞こえたがそれ以上デケムがしゃべることはなかった。息が浅くなり、虚ろな目がじいっとおれを見て、それで終わり。デケムは呼吸を止め動かなくなった。
 見慣れた光景だ。なんの感慨も湧かなかった。開いている目蓋を閉じてやらなければと思うのに、何故かおれの身体まで動かなくなってしまう。おかしい。ただの死体なのに。ポタリ。目蓋からこぼれ落ちた液体は止まることを知らないかのように流れ続けている。耳の奥でデケムの声が聞こえた気がした。

ほら言ったとおりになった



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