アーアー、こちらドンキホーテ・ロシナンテ中佐。ただいま兄のドンキホーテ・ドフラミンゴのファミリーにスパイとして潜入しております。

 いやこれには色々事情があってだな。前世の記憶とかいう恐ろしいものを所持しているおれはドンキホーテ・ロシナンテの生涯について知っていた。だから正直なことを言えば、死にたくなかったので天竜人をやめるのに断固反対していたんだけど、まあおれの意思なんてあってなかったようなもんだ。そのあとはほぼ原作であった回想通りにことが進んだ。父親を殺したのは兄ではなく、クソモブ野郎だったんだけどな。
 そのあと兄から離れてもいいことないし、別におれ悪党でいいやと思っていたんだけど、まあそのなに…………センゴクさん拾ってくれたんだ。でもあれほぼ誘拐だからな。ボロ小屋で寝ていたおれを可哀想に思ったセンゴクさんに拾われたんだけど、気が付いたらおれ海軍の船の上よ。あ、やべェこれと思って兄がいるから船を戻してくれとお願いしてセンゴクさんも船戻してくれたんだけど、小屋は焼き払われていてお察し状態。
 御通夜モードでいたおれはセンゴクさんに育ててもらって、兄の名前が手配書に載ったとき思いっきり緑茶噴き出した。原作通りかよ。センゴクさんにだけは前世のこと以外全部話してあったので、手配書が出た時点でスパイをするという恐ろしい展開に。断ることができなかった理由はたった一つ。もし他人の手で捕まった場合、海軍にいられなくなるかもしれない、ってセンゴクさんに言われたからだ。わかるよ。兄がやばいことやりすぎてるから内通者だと疑われるのは納得だよ。本当お先真っ暗すぎるだろこれ。


「どうしたロシー」

「……」


 どうしたってそりゃあこっちの台詞だよ。お前はなんで後ろからおれに抱きついてんだ。本読みにくいっつーの。
 しかしそうやって言うわけにはいかないので首を横に振って何があるわけでもないという意思を伝えておく。声出さないようにしてるのものすごく不便。だけどうっかりしゃべってしまうことを避けられるのはかなり有用だ。
 おれは原作と違ってドジっ子じゃあないが、気を抜いているとうっかりやらかしかけたりするため、万一のことがないようにと能力を使っていることに越したことはないのである。それにしてもこのままの体勢は客観的に見てもなかなか厳しいものがあるので、メモ帳に言葉を書いてドフィに突きつける。


「『しごと しなくて いいの』か。……どうだろうな」


 どうだろうなってことは明らかに仕事したほうがいいんじゃねェか馬鹿なのか、と思ってしまったおれになんの非があろうか。ただその仕事が人様に迷惑をかけることだから、しないでいてくれるならそのほうがありがたいのもまた事実だ。
 ドフィの肩を叩いてから、おれのすぐ横を叩く。ソファ挟んで後ろから抱きついてくるんじゃなくて隣に座ってくれという合図である。ドフィにもそれはわかっただろうに、すこしだけ力を強めて抱きついてくる。どうしたんだ我が兄は。ぽんぽんと優しく頭を叩いてやれば、ドフィが顔を上げておれを解放してくれた。
 それからおれの隣に来たドフィが本を覗き込んできたので、すこし身体を寄せて読みやすいようにしてやれば、ドフィもおれの肩を抱くようにして距離を詰めてきた。


「ああ、この小説なら読んだことがある」

「! ……! ……!」

「フフ、わかってる、犯人を言ったりしねェさ」


 ドフィはそうやって笑ったが、唇がニヤニヤしているのでいつ言われるかわかったものではない。おれが眉間に皺を寄せながら、絶対だぞ、と口だけ動かすとドフィは笑みを深めた。あ、嫌な予感。


「そう言われると言いたくなっちまうなァ」

「!! ……!!」

「──フッフッフ!! 必死じゃ、ッぶ!」


 至極楽しそうなところ悪いが、本当に言って欲しくないのでおれは本を閉じて、ドフィの口を手で塞いだ。一般人よりは大きいドフィだが、血の繋がった兄弟であるためおれの手で十分塞ぐことができた。おれに塞がれたというのに、ドフィはくぐもった声で嬉しそうに笑った。手を離すと、ドフィがおれの目蓋にキスをしてきた。もう子供じゃあないんだからそんなふうになだめようとするのはやめてほしいような、やめてほしくないような。
 ドフィは、おれにだけは何があっても優しい。もう血の繋がった人間はお互いだけだから、というのはわかる。ずっと昔に浚われるかのごとくいなくなった弟のことを心配してくれるのも、勿論よくわかる。その気持ちを嬉しくないとは言えないどころか、とても嬉しいと感じている。
 ああ、センゴクさん、おれ、やっぱり来なきゃよかったよ。おれは今も兄を愛している。血の繋がりを愛しく感じ、無条件でおれを受け入れてくれた兄を尊いものだと思っている。自身の保身のためにこんな人を裏切れって言うのか。あんただって裏切れない。おれはどうすればいい。どうしたら皆救われるんだ。──そんな未来は有り得ないのだと、わかっているのだけれど。二つに一つ。おれは誰かを裏切らなくてはならない。

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 ドフラミンゴは弟であるロシナンテを愛している。昔から自分によくなついた少し間の抜けた弟を可愛いと思うのは当然のことだったが、それ以上にあの地獄の日々がロシナンテを愛する理由の一つになっている。
 母が死に、父が殺され、二人がどうしようもなく絶望の淵に立たされたとき、もう死んでしまう他ないのかと追い詰められたとき、ドフラミンゴを叱咤したのはロシナンテだった。そのとき、いつものうっかりした頼りのない弟ではなくなっていた。無気力になってしまったドフラミンゴを庇い、励ましながら腕を引いて逃げ、罠を仕掛け追っ手を巻いた。本当ならばあの時守らなければいけないのは兄であるドフラミンゴの方だったというのに、ドフラミンゴは守られていただけだった。しばらくしてドフラミンゴの怒りが戻ってくると、ロシナンテはいつも通りの情けない弟になり、ドフラミンゴはロシナンテに感謝し“復讐”のために行動を開始した。
 そしてあの日。トレーボルへ会いに行ったドフラミンゴが、ヴェルゴたちとともに戻ってきて見たものは、がらんとして何もなくなっていた小屋だった。小屋の床には大きな大人の足跡がひと組み。海軍将校がぐったりとしたこどもを抱えていたところを目撃されていた。さらわれたのだとすぐにわかったが、小悪党でしかなかったトレーボルやドフラミンゴには追いかけることができなかった。ひどく後悔した。頭がおかしくなるかと思うほど、ドフラミンゴは怒りに支配された。──おれの弟を、返せ。

 そんな弟が十余年振りに帰ってきた。おずおずと隠れていたロシナンテを見つけたのはピーカだった。ピーカが声をかけると思いきり肩をはねさせて、『ぴーか どふぃは あにうえはいるか』と口を動かしたらしい。

 周りは今更出てくるだなんて怪しいと言ったし、海軍将校にさらわれたのが事実だとすれば、ロシナンテがスパイという可能性もあるかもしれない。もしかしなくとも、そうなのだろうとドフラミンゴは思った。思ったが、だからと言って追い出そうとも思えなかった。あの時も、あの日も、本当ならばドフラミンゴがロシナンテを守らなければいけなかったのだ。だから今度はドフラミンゴがロシナンテを守ってやる番なのだ。
 ヴェルゴを海軍に送り込んだのはロシナンテのことを探らせるためでもある。正確に言うのならロシナンテをさらってくれたどこぞの将校様を探し当て、くびり殺すためである。そちらの絆さえ断ち切れば、ロシナンテはここに残るであろうことは分かりきっていた。ロシナンテもまた、ドフラミンゴを愛しているのだから。


「ロシー」


 名前を呼ぶとゆるりと目蓋を開いて、ロシナンテがドフラミンゴを見た。昔と変わらない瞳に笑みを作れば、ロシナンテが困ったように眉を下げた。

さあさあ早くこちらにおいで



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