おれは自他共に認める飽き性である。熱しやすく冷めやすい。これをいい言葉に変えることはきっとできないんだろうなァ、と自分のことながらに思っている。 そこにいる恋人、ドンキホーテ・ドフラミンゴに対してもそうだ。初めて会ったときはこれはもう運命の人だと思うほどの一目惚れをし、彼に気に入られるためにあちらこちらへ奔走し愛を告げ贈り物を送り、そうして見事恋人の座を射止めたものだったが、不思議なことに今ではこれっぽっちも心が動かない。 ドキドキすることもなければワクワクすることもキュンキュンすることもハラハラすることもムラムラすることもない。きっと浮気されても何も思わないだろう。感情が揺れ動かないということはきっと興味がないということ。おれにしては長く付き合った方だけれど、運命の人ではなかっただけのこと。だからもう終わりだ。 「なァ、ドフラミンゴ」 「……今すこし忙しい。あとで構ってやるから、」 「別れようか」 デスクで国王としての仕事をしていたであろうドフラミンゴの手が止まる。室内でもサングラスをかけっぱなしの目がゆっくりとおれを見たのがわかった。視線が絡む。ソファに座ってドフラミンゴを待っていたおれを見る目は冷たかった。 これは予想通りだ。むしろ殺されるのも覚悟の上のことである。今までこうした大物と付き合うことは何度かあったが、それらはおれが飽きて相手を振り全部殺されかけるという終わりを迎えていた。今回もそうだろう。プライドの高いドフラミンゴならおれのような格下に振られることなど許せないはずだ。ドフラミンゴは処刑するとき必ず銃を使うので、生き残ることは容易い方だろうと高を括っているほどである。別れという一点においての修羅場の数なら誰にも負けないおれには、その分だけ生き延びてきた経験があるのだ。 「よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」 「別れてくれ」 「……本気で言ってんのか?」 「冗談でこんなこと言わないさ」 爛々とした目がきっとおれを見ているのだろうと思った。裏切られることが嫌いなドフラミンゴにとって、別れを切り出すことすら裏切りという区分になるのだろうか。もはや興味もないのでどちらでもいいことだが、激昂し銃で頭を狙われた場合は避けるのが難しそうだ。 そんなことを考える時間が、おれにはあった。本来ならおかしなことである。ドフラミンゴが何を言うわけでも銃を構えるわけでもなく、おれを見つめたまま動かなくなってしまったせいだった。これはもしかすると案外、おれのことなんてどうでもよくてこのまま解放してくれたりするのだろうか。予想外ではあるがそうならばありがたい話だった。 「じゃあ、話はそれだけだから」 家具の類はこの王宮にそもそもあったものだし、自分の荷物はすでにまとめてある。大した荷物じゃあないからさっさと出ていくことは可能だった。おれがソファから立ち上がり、部屋を後にしようとすると声がかかった。 「……待て」 「なんだ?」 振り返るとドフラミンゴは椅子から立ち上がって、おれへと近付いてきた。顰められた顔はどう見ても不機嫌だ。間近まで迫ってきたドフラミンゴがおれの腕をつかむ。話はまだ終わっちゃあいないとでも言いたげだ。 次の言葉を待っていたが、ドフラミンゴはなかなか言葉を口にしなかった。おれが不思議に思い始めた頃、異変に気が付いた。ドフラミンゴの手が、微かではあるが震えている。驚いてドフラミンゴの顔をよく見ると、黙り込んでいた理由をようやく理解した。 ドフラミンゴは、おれと別れる気なんて少しもないのだ。裏切りだなんて思うどころか、別れたくないと思っている。だからこうして泣きそうな表情を作って、おれの腕をつかんでいるのだ。本当に? いやまさか。あのドンキホーテ・ドフラミンゴだぞ。 「ドフラミンゴ、」 「……行くな」 絞り出された言葉は、たったの三文字。でもその三文字を口にしてからは早かった。──行くな、おれの何が悪い、どうして別れるなんて言うんだ、他に誰か好きなやつでもいるのか、どこにも行かないでくれ、何をすればここにいる、おれだけ見ててくれ、嫌だ、別れたくない、お前のことが好きなんだ、頼むから、おれを捨てるな。 なんとも、無様な言葉の数々である。その言葉を吐き出したのが一般人だというのなら別にという話なのだけれど、王下七武海“天夜叉”ドンキホーテ・ドフラミンゴの吐き出した言葉だというのならそれはまったく別の意味を持つ。矜持高いドフラミンゴが泣きそうに縋っている。おれに。こんなおれなんかに。背筋が、ぞわりと粟立った。唇がゆっくりと笑みを作るのが自分でもわかった。 「ごめん、すこし意地悪しちゃったな」 「……あ?」 「いやァ、引き止めてほしくてさ。最近あんまりにも構ってくれないもんだから、ドフラミンゴこそおれのこといらないんじゃないかって思ってな。悪かったよ」 おれが思ってもいなかったことを口にすれば、ドフラミンゴはこれでもかと不機嫌に口をへの字に曲げた。どうしてだろうか、さきほどまではまったく感情を揺さぶられることのなかったその顔に愛しさを思い出したような気がする。つい、唇がにやにやと笑ってしまった。 「それにしても随分愛されているようだなァ」 「……殺すぞ馬鹿」 「ふふ、殺したら泣くのはお前の方じゃないのか」 もともと殺されることもあるだろうと思っていたため、何を言われても怖がることなどなかった。ドフラミンゴは実に複雑な表情のまま、おれを見つめて黙り込んでしまった。怒りという感情の強いドフラミンゴがこうもしおらしくなるとは……ああ、なんて可愛いのだろうか。また飽きるまでは、とりあえず一緒にいることにしよう。 恋は錯覚。愛は幻。 |