雨神様、と呼ばれる男がいる。その男は二年ほど前にふらりと国に現れ、行く先々で雨をもたらした。雨が遠のいていた国に雨をもたらした男は、それはそれは喜ばれ、敬われ、慕われている。ある程度の雨量を確保したら他の場所へ移り、そうして雨をもたらす。人為的な何かを使っているとは思えないその所業はまさに神であった。
 ──クロコダイルは、その男が大嫌いだ。いっそ憎んでいると言ってもいい。計画に支障が出るため、何度も殺そうと試みたが、どうにもこうにものらりくらりと交わされてうまくいくことはなかった。雨神様はいまだ生きて国を回っている。ぐるりとすべての地域に平等に雨が足りるよう、ゆっくりと動いている。
 雨神様は、レインベースにもやってきた。オアシスがあるから他を回ってやるべきだとクロコダイルが突っぱねたものの、オアシスが枯れないようにとの国側の配慮だった。あるうちに使っておかねばならぬ、ということなのだろう。雨神様が本当に神様ならそれでいいが、ただの人間だった場合、いつかいなくなる存在である。少しでもいろんな場所をそれらしく保とうと言うのはわからなくもなかった。
 しとしとと振り始めた雨は、次第に強くなっていく。夢の町、だなんて言われているレインベースではあるが、雨が打つようになれば自然と客足は遠のいた。営業妨害で訴えてやろうか、だなんて思いながらもクロコダイルは雨神様を出迎えた。


「遠路はるばる、ご苦労様です」

「……いいえ、すみませんね。一日ほどお邪魔させていただきます」


 宿を取ってもよかったのだが、街の権力者であるクロコダイルの店に泊めるのがそれらしいと思い、今回は招き入れることになった。案内しながらもちらりとクロコダイルは雨神様を見る。初めて直に見る雨神様は写真で見るよりも残念な男だった。矮躯は砂漠を歩けるとは思えないほど貧弱で、おそらくこの国で生活している普通の若者よりも貧相な体つきをしていた。神には筋肉など必要ないのかもしれないが、と脳内で皮肉った。無意味な行いだと自分でもわかっていたがそれでも皮肉らずにはいられなかった。雨神様の纏う湿気のせいで砂になるのが億劫だと感じるほどに、レインベースは濡れているのだ。


「こちらの部屋をお使いください」

「こんな綺麗な部屋……わざわざすみません」


 案内した部屋は一応VIPルームだ。そこに通さないという行いはクロコダイルが雨神様を好ましく思っていないという感情の表れになってしまう。それは対外的にもよろしくない。雨神様は恐る恐ると言ったように案内された部屋に入ると、すこしばかり気の抜けた表情でクロコダイルのことを見た。


「すみません、雨はお嫌でしょう?」


 突然、そんな的確な言葉を用いられて、クロコダイルはすぐに反応できなかった。何故わかった? と問い詰めたり、殺してしまうことはできない。ここで雨神様がいなくなればクロコダイルが疑われかねないからだ。天に帰った、なんて説明すれば納得するだろうが、しかし疑念がどこかに必ず残る。そういったものを残してはのちのち馬鹿を見るのは自分なのだ。しばらくののち、クロコダイルはゆっくりと口を開いた。「どうしてそう思われたのですか?」。質問に質問で返す、なかなか卑怯なやり口だがイエスともノーとも答えるよりいくらも有益だ。ノウェムは特に何も考えず、すぐに返答を寄越す。


「クロコダイルさんは能力者なのでしょう? 水は、と言いますか、流水は力を失うと聞いていますから」

「なるほど。実際に能力を見られたことは?」

「ありません。外で会うのは力の抜けた能力者だけですから」

「たしかにそうでしょうね。雨神様はもしやするとこの世界で一番強いのかもしれませんね」


 言えば雨神様は苦笑いを作った。心底、困ったような何とも言い難い顔をして笑みを作ったのだ。それに妙な引っ掛かりを覚えたクロコダイルは、話を広げることにした。雨神様の弱味にしろなんにしろ、知っておけば雨神様を握ることができるかもしれないからだ。そうすれば計画もまた軌道に乗るかもしれない。「どうかされましたか?」。その言葉に雨神様は苦笑いを深める。


「いえね、神様なんて呼ばれるのは慣れなくて」

「……では神様ではないと?」

「ふふ、神様なんかじゃあないですよ。どっからどう見ても、ただの人間でしょう?」


 やはり、ただの人間だったか。しかし雨を降らす体質であることには変わらないのだろう。そうでもなければ行く先々で雨を降らす現象を理由づけることができない。それにしてもこうして簡単にクロコダイルに打ち明けたことからもわかるように人間であることを誰にも隠してはいないようだ。それでも周りが神様だと崇めているせいで縛られているのだろう。ならばやはり付け入る隙はいくらでもあるはずだ。周りにわかってもらえない苦しさをちょっと刺激してやればいいだけのこと。そう思ってクロコダイルが雨神様をたぶらかそうと口を開くよりもほんのすこし早く、雨神様が普通に笑った。「でも、必要なことですから」。──その笑みに博愛精神のようなものを感じて、気持ちが悪いと思った。誰かの為に犠牲になろうだとか考えている輩は頭がおかしいのだ。クロコダイルには到底理解の及ばない領域である。「すごいですね」。つい、厭味ったらしい言葉が口を衝いて出た。けれど雨神様はそれに気が付いた様子もなく首を振った。「皆様のためではないのです、たった一人のための行いですから」。たった一人。誰のためか、クロコダイルには皆目見当もつかない。


「雨に捕まっていれば、他のものに捕まらずに済みますから」


 にっこりと笑ったその顔が、妙に頭に焼き付いていた。

汚染された祝福を



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