それはあまりにも突然だった。

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 おれはその日、海兵になって初めて重要な任務についていた。曰く、七武海の集会があるためその見張りというかなんというか。別に一海兵のおれが抑止力になるわけでもないのだが、そういうお飾りの兵隊が必要なことは学のないおれにもわかっていた。まだ制服の、ただの一兵卒であるおれが緊張しないわけもなく、ただただその仕事が終わるのを待っていたのだ。顔面は平常を保っていたけれど、何も起きませんように、というチキン丸出しなへたれた考えが本音である。
 その日の集会に集まったのはたった一人、サー・クロコダイルだけだった。七武海で恐ろしい海賊のくせに、地元では英雄として人気があるらしい。それでも結局は海賊である。だから外面がいいだけなのかな、と思っていたのだが、コートを預かる役目を負ってしまったおれに「ご苦労」と声をかけてくれたのでおそらく悪い人ではないのだろう──そう思っていた時がおれにもありました。


「お前、直属の上官はどこにいる?」

「……あそこにおられるコートを着た方です」


 帰り際、突然そう言われて、もしかしてお叱りを受けるのだろうか、と背中に冷や汗をかきながらも上司を教えれば、サー・クロコダイルは一つ頷いて歩いて行った。そして上司に声をかけ、二、三言話していたかと思うと、サー・クロコダイルと上司は一緒に戻ってきた。上司は妙に笑顔で気持ちが悪い。悪い人ではないとはいえ海賊だ。そんな人に媚を売りたいのだろうか。それは海兵としてどうなんだろう。そんなふうに思っていると、にこにこ顔の上司はおれに命令を出した。


「クロコダイルさんのお荷物を船まで運ぶお手伝いをしなさい」

「はい、わかりました」


 なんだ、そんなことか。わざわざおれをご指名ということはおそらく先ほどまでの対応がよかったということだろう。それならそれで喜ばしいことなので、頭を一つ下げてからサー・クロコダイルの方を見た。おれは人間でも大きい方の部類に入るのでサー・クロコダイルよりも少し大きく、見下ろす形になる。なんだか礼儀のなってないやつみたいだな、と思いながらも屈むわけにはいかないので「お荷物はどちらに?」と早速仕事に取り掛かることにした。
 特に世間話をするわけでもなく、サー・クロコダイルのあとについていき、妙にかさばる荷物を船の一室まで運び入れた。さすがに七武海の船はでかい。いままで何度か遠征に付き合わされたことがあるが、海軍船にも負けないほどの大きさだ。


「このお荷物は、」

「適当にそこらへん置いといてくれりゃあいい」

「わかりました」


 本当にどこかそこらへんに置くわけにもいかないので、邪魔にならなそうな場所を探して荷物を置く。するとサー・クロコダイルは「ご苦労。助かった、もういいぞ」と不遜とも取れる言葉を発したが、嫌味にならない程度には似合っている。一つ頭を下げて「失礼します」と部屋を出て、廊下を行き、甲板に出ると言葉を失った。──船、出てる。おれが荷物を運び入れてると言うことに気付かず船が動き出してしまったのだろう。やばい。これは大変やばい。慌てて近くにいた乗組員に話しかける。


「あ、あの! 船、戻していただきたいのですが!」

「あァ? なんでまた」


 おれの制服を見ているのだからそんなことわかるだろ。おれは海兵だぞ海兵! マリンフォードの、本部の! 一般兵なんだぞ! 普通にここに乗ってるのおかしいだろ! と叫びたくなったが、そう叫ぶより先に「だってあんた、海軍やめてこの船乗るんだろ?」なんて理解に苦しむ言葉がおれの耳に届いた。何言ってやがりますこいつは。頭の中が混乱してうまく言葉が出てこなかった。おかしいおかしい。なんだその勘違いは。そんなふうにおれが至極困惑しているのは伝わっているだろうに、目の前の男は自分の言った台詞になんの疑問も持っていないようだった。いったい、どういうことだ? とにかく聞いてみないことには始まらない。


「あの、どうしてそう思ったんですか?」

「どうしてそう思ったっつーか、そうやって連絡が入ったからなァ……」

「連絡、ですか」

「あァ、クロコダイルさんの新しい使用人だって」


 彼がそのあとに続けた「電伝虫で連絡が入ってなァ」という言葉が頭に入ってくるよりも早く、おれは踵を返していた。おいおいおいおい! いったこれはどういうことだ! どたどたと音を立ててさっき出たばかりの部屋へと歩いて行く。乱暴に扉を開ければ、中にいたサー・クロコダイルは軽く顔を上げておれを確認すると先ほどまでのように穏やかに笑みを作った。


「なんだ、船を降りなかったのか」

「降りなかったのか、じゃねェっつーんだよ! てめェ嵌めたな!」

「それが素か? ぎゃんぎゃん吼えるな、犬じゃねェだろう」


 サー・クロコダイルはおれの言葉にこれと言った反応を示すことなく、近くにあった葉巻に火をつけた。「そう睨むな、仲良くした方がこれからのためになるぜ?」だなんてクソふざけたことを言われて頭に血がのぼる。こういってしまってはなんだが、おれはあまり気の長い方ではない。カーッと頭に血が上って平常時ならやらないようなことを平気でしてしまうのだ。のちのち後悔しようとも、今のおれにはそれがすべてだから止めようもない。
 ぎらりと睨みを利かせてもただただサー・クロコダイルは笑うばかりだ。一兵卒の睨みなど、七武海が怖がるはずもない。「言っとくが、お前を戻す気はねェ。諦めるんだな」と逃げ場を失った。海に飛び込んで泳いで帰る、なんて方法はあまりにも無謀だ。怪我で済めばいいが、死ぬ可能性だってある。こんなことで死んでたまるかってんだ。


「どうしておれなんだよ」

「お前の所作が妙に手馴れてたからだ。ちょうど使用人が足りなくてな……ホテル勤めでもしてたのか?」

「その通りだよちくしょう……」

「残念だったなァ、諦めろ、ノウェム」


 諦めろって言われて簡単に諦められるわけもないし、それに何より残念だなとか言われてもそれ全部お前のせいじゃん。なにしれっと言ってんだこいつ本当許せねェ……。ぶつけられない怒りを抱えて拳を握り震えていると、ふと気が付いてしまった。「ていうか、なんでおれの名前……」。名札がついているわけでもないし、誰かに呼ばれたわけでもなかったはずだ。おれの質問にサー・クロコダイルがニヤリと悪人顔で笑う。「上官からお前を買った時にだよ」。…………買った、ときに? なに、え、おれ、売られたの? あの上司に? だからあんなにニヤニヤしてやがったのあいつ。めまいがした。そうだよな、そのまま連れ去ったんじゃサー・クロコダイルと言えど色々まずいもんな、当然だよな、そんなふうに手を打っておくのは。


「あーッ、クッソ、海軍も海賊もみんなクソだ! 信じらんねェ!」

「クハハハ、知らなかったのか」


 目を細めて悪人面で笑うサー・クロコダイルは、間違っても英雄なんかじゃあない。おれにとってはただの誘拐犯である。

ガネットに惚れた



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