「ご主人のばかぁー!」


 わんわんと子供のようにしゃくり泣く男はどう見たって少年という年を過ぎている。普通の人間の感性からすれば“いい年をして”と言われてしまうようなひどい泣き方だった。けれども“ご主人”と呼ばれた男、クロコダイルはそれがいたって普通のことであるとばかりになんの疑問も持っていないようで、床で泣き崩れている男の黄緑色の髪をゆるゆると撫でた。一瞬へらりと笑って泣きやみそうになった青年、ノウェムは、しかしすぐにその目に涙を溜めて始める。


「ご、ごまかされないんだから!」

「泣いたって仕方ねェことだろ?」

「うッ、だ、だって……!」


 ぽろぽろと涙をこぼす瞳も黄緑色で、床の下で泳いでいるバナナワニたちが心配そうにその様子を眺めていた。クロコダイルも慰める気があるのかないのか、非は認めていても謝りもしないその姿勢のせいで結局のところノウェムの涙は止まることがない。それでもさらさらとした指通りの良い髪を撫で続けていれば、目に水の膜が張る程度で済んだ。零れ落ちなくなった涙を手で拭われて、ノウェムは落ち込んだ顔で項垂れる。


「ご主人が変なもん食わせたから、もう水に入れないの?」

「食わせたんじゃあなくてお前が勝手に食ったんだろ」

「うッ!」


 クロコダイルは食えと命令した覚えはない。ただ、止めたところでノウェムが食うとわかっていて餌場に悪魔の実を放り込んだだけだ。食わせるつもりはあれど、食わせてなどいない。しかしその内心を教えてやる気もなかった。激しく落ち込んでいるノウェムを見て、床の下ではバナナワニたちが集まっていた。何やら相談事をしているらしいその姿は、ノウェムの髪や瞳とまったく同じ色合いをしていた。
 ──ノウェムはつい先日までクロコダイルの飼っているバナナワニの中の一匹だった。身体が小さいくせしてリーダーになり、クロコダイルに一番懐いていたバナナワニは、果物に目がなかった。それを知っていたので、クロコダイルはたまたま手に入れたモデルも知らぬヒトヒトの実を餌場に放り込んだのである。
 理由は簡単。懐いているワニが可愛かったからだ。名前を与えるほどに入れ込んでいたワニが人間の形を取って話せたらいい、とペットを飼っている人間特有の思考が、こういう結果に至らせた。結果として自分よりも大きな青年の姿を取ったものの、頭の方はたいへん可愛い出来になっていて既に三回ほど溺れている。そしてようやく自分が水に入れないことを理解してぴーぴーと泣いていた、というわけだった。


「みずぅ……」

「能力者のくせに水が好きなままとはなァ」


 溺れたり力が抜けると分かっていても水が恋しいとは、さすがワニである。クロコダイルはおそらく世界一水を嫌悪していると言っても過言ではないので、その精神構造は甚だ理解できないものだったが、それでも可愛いペットが水を欲しているのだから与えない手はないとも考えていた。


「仕方ねェな……風呂に水を張ってやるからそれで我慢しろ」

「えっ! は、入っても、平気?」

「ああ。ただし人間のままだぞ」

「ほんと!? ご主人だいすき!!」


 先ほどまでの涙はどこへやら、きらきらとした表情でノウェムはクロコダイルに飛びついた。身長も体重もクロコダイルより一回りはあるであろうノウェムからの突然の行いに、クロコダイルは体勢を崩し、しりもちをつく。しかしノウェムはそんなことに気が付きもしないのか、はたまたしりもちをついたことに大して何も思わないのか、擦り寄ってくるばかりだ。これではワニというより犬という方がしっくり来るだろう。
 クロコダイルはため息をつきながらノウェムの背中に手を回し、ぽんぽん、と落ち着かせるように叩いた。それでも水に入れるという興奮が冷めやらないらしいノウェムはぎゅうぎゅうとクロコダイルに抱きついたままだ。「いい加減離れろ」とクロコダイルが声をかけてようやく離れたノウェムはどこまでも緩んだ顔で笑っている。


「ご主人すきー」

「わかったから、ほら、風呂に行くぞ」


 立ち上がり手を差し出したクロコダイルの手を取って、「はぁい!」と元気に返事をしたノウェムも立ち上がる。その後ろ姿は年の離れた兄弟のようにも見えるが、それを見ていたのは安心した顔をしたバナナワニたちだけだった。

そのままでいて



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