いつだって笑顔で、いつだって愚直に、いつだって傍にいて。クロコダイルさん、クロコダイルさん、って、うるせェやつで。何が楽しいんだ、ってくらいに笑顔で。好きです、傍に置いてください、ずっと一緒にいます。好き勝手言葉をつぶやいて、犬のように引っ付いて回って。
 ノウェムが本当に犬ならよかったのだ。犬ならば躾次第でどうにでもなった。けれどノウェムは人間だった。知っている、人間はいつか裏切るものだ。それが人間というもの。人間には心がある。だからこそ、心変わりなんてものを起こす。ノウェムの言葉が本心から出たものだとしても、数分後にはそんなふうに思っていないかもしれない。ノウェムの言葉が本心でないのなら、やはり人間というものは信用に値しないものだというだけなのだ。
 信じるなんて馬鹿らしくて。利用するだけすればいいだけで。けれどノウェムという男が到底理解できないほどに馬鹿すぎて、ほんのすこし、気が緩みそうになってしまった。

 仕事はそれなりにこなしていたがノウェムという駒を失っても大した痛手にならず、代わりなどいくらでも利く存在だったので処分することにした。部屋に呼び出させば喜んで着いて来たし、何の警戒心もなく背後を取られたノウェムを見て、やはり馬鹿なのだと思った。身体を貫いていた鉤爪を引き抜くと、胸からは血がものすごい勢いで噴き出した。心臓ではなく肺を貫いたためか、ノウェムはまだしばらく生き長らえてしまうようだ。ぱくぱくと酸素不足の魚のように唇を開閉しては咽て血を吐き出る。しかしトドメを刺すだとか、そんなことは考えなかった。トドメよりも飛び散った血の方が問題だったからだ。いつ嗅いでも鉄臭いそれを拭ったところで服に着いたものは落ちない。ついでに服も処分するか、と考えているうちにノウェムの命は終わっていた。とても、呆気のないものだった。

 ふとしたとき、ノウェムという男を思い出す。思い浮かぶのは笑顔ばかりだ。クロコダイルさん、と呼ぶ声まで再生されて、不愉快になる。人の名前を甘ったるい声で呼ぶんじゃねェ。そう思っても脳内で何度も響き渡る。笑顔。笑顔。笑顔。何がそんなに楽しいんだか到底理解できないほど笑顔ばかり。おそらく笑顔しか作れない残念な表情筋をしていたのだろう。ワニの餌になってしまったため最早確かめる術はないので勝手にそう結論付けることにした。
 けれど、どうしても死に際だけはうまく思い出せなかった。あまりにも呆気なかったので記憶に残っていないのだろう。血に濡れた身体は思い出せるがそれ以上のことは何も。もしかしたらどうしてと手を伸ばしていたかもしれない。もしかしたら口は恨み言を発していたかもしれない。泣いていたかもしれないし、怒っていたかもしれないし、困ったように眉を下げていたかもしれない。結局思い出せないので当てはめられるのは笑顔だ。それが事実であれ、虚構であれ、一番しっくりきてしまうのはあまりにもノウェムが笑う男だったからだろう。まあ、そんなことはどうだっていいのだ。大切なのはノウェムが死んだというただ一点のみなのだから。
 ずっと一緒にいますよ、といつかの約束が頭の中で蘇った。目を閉じると己が唇が笑う。目蓋の裏側は妙に水気を含んでいた。

ほら、お前もいなくなったじゃないか



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