原作既知トリップ主人公だけどそんなに重要ではない



 ──ばちん。目があった、今のは確実におれのことを見ていた。自意識過剰とかじゃなくてマジで。絶対さっきの人おれのこと見てたよ。人に気が付かれることがまったくなかったおれから見れば、あの人は格好の獲物ということになる。 なんだあいつ、という視線をいただきつつものっそりと尾行させていただくと、不機嫌なオーラを出しながらとある部屋の一室に入って行った。んー、ここはたしか七武海の人たちが泊まってる、んだったよな? ってことは、さっきの不機嫌オールバックはクロコダイルだ! あんまり大きくないな、なんて思っていたら、がちゃんと乱暴に鍵を閉められる音がしたが、鍵なんてものはおれには関係がないのである。


「お邪魔しまーす!」

「あ? ……てめェ、能力者か」


 クロコダイルはため息と共に身体を砂に変えて近づいてきたが、おれは特に避けようとは思わなかった。だってどうせ当たらないし。やはり棒立ちでいるおれにクロコダイルの鉤爪攻撃が当たることはなく、するりとおれの身体を通過してしまった。クロコダイルは軽く距離を取ってからおれに怪訝な表情を向ける。何をされたっておれは笑顔が絶えない。だって初めておれに気が付いてくれた人だもの!


「当たらねェ、だと? 通過させる能力者か?」

「能力者かどうかは知らないけど、多分おれ幽霊的な何かだよ。クロコダイル以外でおれに気付いた人いねェもん。誰も触れないみたいだし?」


 呼び捨てにしたせいか、あるいは幽霊的な何かなどとあいまいな情報をプレゼントしたせいか、クロコダイルの眉間の皺がすごいことになっている。面倒なものを相手にしているとでも思っているに違いないが、おれはこれから先、クロコダイルに付きまとうと決めているので、クロコダイルには多大なストレスを感じてもらう羽目になるだろう。そんなおれの心情など知りもしないクロコダイルはゆっくりと歩いて近づいてきたかと思うと、すごい速さで鉤爪を刺してきた。刺さらないとはわかっていてもちょっと怖かった。びくってなった。それから今度は生身の腕が生えている方で、勢いよく──ばちん、と。


「いってェー!!」


 顔面から死ぬんじゃないかってくらいにシャレにならない痛みがした。いってェ、マジいってェ! ほっぺに手を当ててうずくまっているとクロコダイルの足が動いた。おれを踏みつけようとしているのでは、と気が付いて、慌てて避けようとするのもむなしくクロコダイルの革靴はおれの身体を通過していった。ほっとため息をついた次の瞬間には──ごちん、と頭に鉄拳が振り下ろされていた。痛みで呻くおれ。クソ、痛い……!


「素手なら触れるみてェだな」


 はん、と鼻を鳴らして笑われて、そこで初めて気が付いた。おれ、クロコダイルの攻撃、当たってますやん。あれこれ殺されるフラグ? 笑顔をひきつらせながら見上げてみると、クロコダイルの手が砂に変わっていた。脳内で処刑用BGMが流れる。あまりに怖すぎて目をつぶってみるものの、一向にそれらしい痛みは来なかった。恐る恐る目蓋を開くと、至極不機嫌そうな顔をしたクロコダイルが立っていて、おれに張り手を噛ましてきた。──ばちん、とまた甲高い音。「いってェ……!」。泣きそうになりながらクロコダイルのことを見ていると腹に向かって拳が飛んできた。ひい、と情けない声を出しそうになったが、腹には何の痛みも生まれなかった。不機嫌そうなクロコダイルに目線を合わせながら、一言。


「能力もダメだし服もダメみたいだね!」


 親指をぐっと立てれば余程機嫌を損ねたようで拳を顔面めがけて振ってくる。こわっ。ちゃんと見ていれば避けられない速さだったのでクロコダイルの後ろをとって羽交い絞めにしてみた。実は意識をすればおれが一方的に触ることができるのは既に他のもので試してある。クロコダイルは振りほどこうとするがそもそもクロコダイルからの抵抗はおれに伝わってこないのでほぼ無敵状態である。「ふははは!」とちょっと調子に乗って高笑いをしてみたら、後頭部が顔面にぶつけられて思わず手を離してしまった。「いっでェ……!」。涙目でよろけた瞬間、クロコダイルの手がおれの首をがっとつかんだ。ひええ……! ぜ、絶体絶命大ピンチ!


「散々人のことおちょくってくれやがって……覚悟はできてんだろうなァ」

「すみませんすみません! 違うんです! おれのこと見れたり触れたりする人初めてだったんでつい調子に乗っちゃったっていうか! 人のあたたかさに触れたかったと言いますか! 喋れたし! ちょっとした戯れなんです本当に! すみません!」

「……海軍本部にいて、誰にも気が付かれなかったのか?」

「はい! ほんと、もう! 青雉さんとかは普通に無視してんのかなって思ってたんですけど赤犬さんとかセンゴクさんまで総無視だったんで誰にも気が付かれてないと思います! さっきドフラミンゴにも無視されました! ムカついたんでちょっとイタズラしときました!」


 首をつかまれたままずっと同じ体勢を強要されるおれヤバい。何故か質問されたし、もしかしたらおれの境遇に同情でもしてくれるのかな、なんて一瞬思ってしまったけどクロコダイルの顔はどう見ても他人に同情している顔ではなく、他人を利用しようとしている悪人の笑顔だった。悲鳴が出そうになった口をきゅっと閉じて堪えると、ついでに呼吸も止めてしまった、ら。するりとクロコダイルの手を抜けてしまった。クロコダイルは驚いたように目を見開いている。


「え、な、何?」

「……てめェ、今何をした?」

「え? …………息を止めた、かな?」


 そう告げるとクロコダイルは「そうか」と一人で納得してしまっておれには教えてくれないようだ。息を止めると素肌も大丈夫になる、ってことなのか? よくわからないのでもう一度息を止めるとクロコダイルの眉間に皺が寄った。それからどこか緊張したような顔つきになる。視線だけはおれの方を向いたままだが、もしかして、と思ってクロコダイルの後ろに回ってみるとなんの反応もされなかった。……ああ、なるほど。


「見えなくなんのね」

「! ……みてェだな」


 おれが声を発して呼吸を再開するとクロコダイルは軽くおれの方へと視線を向ける。うん、まあ、自分の不利になりそうなことだから言いたくなかったんだね。わかりやすいなクロコダイル。とりあえず殺されそうになったら息を止めればいいということがわかったが、そういえばこの世界って覇気あったな、なんて思い出したくもないことを思い出した。おれの幽霊的体質が能力によるものならば、海楼石と覇気には気を付けねばなるまい。覇気を使っても見えないとは思うが、うっかり殺されるなんてことはありえるしな……物騒な世の中だ。
 一人でそんなことを考えていると、クロコダイルはいつの間にかソファに腰を下ろして葉巻を吸い始めていた。そしておれにちらりと目線を向けてくるものの、その目はどこか疲れていた。


「それで、てめェはどうするつもりだ。おれに付きまとうつもりか?」

「そりゃあね! クロコダイルは運命の人じゃん?」


 だって見てくれるし話せるし触れるし、そんな人今までいなかったわけだからクロコダイルは運命の人である。しかしながらそのたとえがお気に召さなかったのか、クロコダイルは今日一番の嫌そうな顔をした。不機嫌とかじゃなくて、ただただ嫌そうなだけっていう……なんか、可愛いな、とおっさん相手にそんなことを考えてしまった。クロコダイルは葉巻の煙を吐き出して諦めたような顔をする。ま、諦めるっきゃないわな。今のクロコダイルにおれを殺すことは厳しそうだし。


「ならてめェはおれの情報屋になれ。それなら傍に置いてやる」

「え、なにそれかっこいい」

「周りに気が付かれねェってのはそれだけで有益だ。てめェに殺しを期待したりはしねェ……が、それ以上に働いてもらうぞ」

「あいあいさー! 頑張る!」


 敬礼をしてみせればクロコダイルはまた嫌そうな顔したがツッコミをいれるのも面倒くさいのか、それに関してはなにも言わなかった。しかし情報屋として飼われることになったわけだが、おれにはそういったものの知識はないのでよくわからない。青雉のエロ本の隠し場所なら知ってるけど……そんなことはどうでもいいだろうし。こういうのは雇用主に直接聞くのがいいだろう。「それで具体的には何をすればいいの?」と聞いてみるとクロコダイルはすこしの間のあと、おれをまっすぐに見た。


「お前、名前は」


 不覚にも、嬉しかった。こっちへ来てから一度だって呼ばれることのなかった名前を、目の前の悪人面した男は聞いてくれるのだ。唇がへらりと緩んで、笑わずにはいられなかった。クロコダイルが不審なものを見るような目をしてくるけど全然構わなかった。「ノウェム。おれの名前は、ノウェム」。告げればクロコダイルは頷いて、そして、おれの名前を発してくれた。


「ノウェム、とりあえず適当に海軍本部で重要そうな情報探して来い」


 おおざっぱだな、と思わないでもなかったけど、おれはにっかりと元気いっぱいに笑って頷いた。

それだけで世界が明るくなったの



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