原作軸、捕まって留置所にインされているところ


 クロコダイルが目を覚ますと、見慣れたノウェムの顔が心配そうに覗き込んでいた。無駄に爽やかできらめいた顔は、寝起きで見たいものではないな、と考えたところで、どうやらこの男に膝枕をされているらしいことに気が付く。硬い。だが背中は床で、より硬かった。


「キャプテン、お加減は?」

「……気分なら悪ィが、体調は悪くはねェ」


 この状況で気分が悪くないわけがない。なにせ――クロコダイルは留置所にぶち込まれているのだ。しかも腕には海楼石の手枷も嵌まっている。
 起き上がってみると、同じ牢の中にぶち込まれていたB・Wのメンバー以外はぶちのめされて床に転がされている。執拗に殴っておきながらもギリギリで生かされている様子を見るに、ノウェムが突っかかってきたやつらを転がしたようだった。
 B・Wでの部下と言える男たちも同じ牢内で座り、こちらを見ていた。クロコダイルが起きるのを待っていたようだった。

 クロコダイルが床に座ると、ノウェムの心配そうな顔は半泣きの表情に変わった。綺麗な顔が残念な表情を浮かべている、とクロコダイルは思ったが、半泣きでもお綺麗な顔をしていることには変わりない。


「キャプテン、ところでお国乗っ取りってなんですか!? オレ、なんも聞いてねえんですけど!?」

「……テメェは顔に出る。だまくらかすような悪事に向いてねェんだよ」

「それはまあたしかに!? 知ってたら即バレてたかもしれませんが、知らぬ悪事で投獄される身にもなってくださいよ!!」

「じゃあ逃げたらよかっただろうが」

「キャプテン捕まってるのに置いて逃げるわけないでしょ!!?? アンタの行く先わからなくならないように一緒に捕まったんですけど!??」


 話し出した途端、アホ丸出しになってしまったノウェムという男は、クロコダイルの表の顔で唯一、というよりも、本当にただ一人だけこいつは裏切らないと信頼し、副船長という座を与えていた男だった。クロコダイルの腹心の部下と言ってもいい。

 こんなふうでも案外慎重で確実に仕事が出来て、クロコダイルのために捕まるくらいには忠誠心があり、本来なら今回のような大規模な悪事に一枚どころか二枚、三枚噛ませたい男なのだが、致命的なまでに隠し事が下手だった。逆にノウェムがもっと下っ端であったのなら、いくらだって今回の件で使えただろうが、こんなふうでもクロコダイルの船のナンバー2。何かあればクロコダイルの前にコブラなどの重要人物と顔を合わせる可能性があった。
 まずいことを黙っていることはできるが、相手がつかんだ情報に対し、質問などされようものなら嘘をつくことができない。というよりも全部顔に出る。そういう、男なのである。

 醸し出す雰囲気はお綺麗な顔も手伝い、清廉潔白。とはいえ実際には自ら海賊になる程度にしか倫理観がないので、国の乗っ取りだろうが殺人だろうが、気にもとめない男なのだが、外見や雰囲気というものは抜群に優れており、矢面に立たせるには好都合だったのだ。知らなければボロも出ない。側近として、ゆくゆくは宰相にでもするつもりだった。計画がポシャった今では、なんの意味もなくなった構想だが。


「で、どうします? 一応、キャプテンの部下だった連中の場所は把握してますし、いつでも脱獄はできますが」


 クロコダイルの耳元で小声でささやく。ノウェムが腕を動かすと手枷が動いた。すでにノウェムの手枷はいつでも外れるようになっており、クロコダイルの手枷も細工済みであるようだった。この調子ならば、牢内の他の連中も似たようなことになっており、牢のカギ自体もいつでも開けられる準備が整っているのだろう。


「……仕事は出来んだがな」

「隠し事ができねえのは生まれつきです!! あきらめて!!」

「耳元でデケェ声出すんじゃねェ」


 ノウェムは「すみません」と軽く謝って、クロコダイルの隣に腰を下ろした。そして再度質問を重ねた。


「で、どうします? いつでも決行できるとはいえ、そんなに猶予はないと思いますよ。キャプテンをいつまでもこんなとこに置いときたくねえと思うんで」

「気分じゃねェ」


 クロコダイルはといえば、脱獄をする気分ではなかった。練りに練って、大事に育ててきた計画がポシャってしまい、やる気というやる気が欠如していた。今は何もせずにぐーたら過ごしたい。それがクロコダイルの偽らざる本音である。うっかり脱獄でもしようものなら、ノウェムがいるとはいえ、また一から色々とやり直しだ。あまりにも面倒くさい。今は充電期間というものが必要だ。
 そしてノウェムという男、クロコダイルと長年付き合いがあるだけはあり、クロコダイルの正確な本音を見抜くスキルだけは他者の追随を許さない男である。クロコダイルの『気分じゃねェ』の言葉の意味を、本当に正確に把握してしまった。


「えっ嘘でしょアンタ…………正気?」

「おれの気が狂ってるようにでも見えるか?」

「見えません。見えませんけど……このままだとインペルダウン行きってわかってますよね?」

「刺激的じゃねェか」

「うわマジかこのキャプテン」


 クロコダイルの心情を正確に捉えたノウェムは、遠い目をして天井を眺め始めた。ノウェムはクロコダイルを見捨てて牢から逃げ出すことも容易だ。一人ならクロコダイルを連れて逃げるよりも目立たずに逃げることもできるし、腕っぷしも強いのでどうにでもなるだろう。


「逃げねェのか?」


 ニヤニヤとクロコダイルが笑みを向けると、ノウェムはすべてを諦めたかのような顔をして笑った。


「キャプテンがいねえのに逃げてどうすんです。付き合いますよ」

「ほう? インペルダウン行きは嫌だったんじゃねェのか?」

「オレはアンタについてくって決めてんですよ。それがどこであってもね」


 ノウェムはそう言うと床に寝転がって、大きな欠伸をひとつ。「寝ます」とクロコダイルに声をかけて、一分もしないうちに眠ってしまった。クロコダイルの目が覚めるまで、気を張っていたのだろう。
 馬鹿な男だ。クロコダイルなんか見捨てて逃げてしまえばよかったのに。
 ノウェムが見捨てるだなんてことはあり得ないとわかっていて、クロコダイルはそんなふうに笑った。必ずノウェムはついてくる。ノウェムだけは裏切らない。わかっているから、クロコダイルはノウェムを重用している。
 寝てしまったノウェムの顔にかかる髪をどけてやる。牢の中にいるとは思えないほど、穏やかな寝顔だった。

あじわいあざやか



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