僕とクロコダイルの関係を表すと、恋人、というものになる。 どこにでもいる正義感や道徳心が薄いだけで何をするわけでもなかった男が、英雄だのと言われるような海賊と出会い、何故か恋に落ちたというあらすじを経て、僕たちは恋人になったわけだが。 クロコダイルという男、全人類の平均よりもいささか独占欲が強い男だった。 僕が会社の飲み会に参加しただけで、まるで裏切り者のように僕を激しく詰った。 僕より身長が高く、僕より体格がよく、僕より強い男からの初めての激しい罵声にはかなり驚いた。何せクロコダイルという男は、僕より年上で、僕より整った顔で、僕より立場が上で、僕より信望を集め、僕よりとにかく優れた、余裕がありそうな男だったのに、まあどれだけ荒れるんだってくらいに荒れた。 これが浮気したとか、浮気疑惑があるとか、そういったことならまだわかるのだが、別に僕が浮気したわけでもない。夜九時には解散した、複数人の飲み会で、ほろ酔いくらいにしかなってないし、二次会にだって行ってない。帰り道だって一人だった。浮気を疑う方が難しいような、ものすごく健全な飲み会だ。 けれどまあ、クロコダイルは荒れた。ほろ酔いで帰った僕があれなんでクロコダイルがうちにいるんだろうとぼんやりしている間に、これでもかと罵声を浴びせた。ぼんやりしていたので内容はほぼ覚えていなかったが、その激しさと荒れ具合は覚えている。こんなに優れたいい男なんだからそこまで心配しなくても、と思ったような気がする。 僕はほろ酔い状態だったので、朝起きて冷静になったら再度話し合おうと言って、クロコダイルを抱き締めて寝た。僕はお酒が入ると極度に眠くなる体質だったし、もういい加減眠かったのでその欲望に従った。怒っている相手を更に怒らせるような真似をしていたが、そのときは気が付かなかったのだ。 起きた僕が見たのは、とんでもない有様のぐちゃぐちゃの部屋の真ん中でぐーすか眠った僕に抱き締められながらも睨みつけるクロコダイルの顔だった。可愛いね、キュートだね、と言ったら、ため息をつかれた。 その後、僕たちは冷静に話し合って、飲み会には参加しないことを約束した。また、誰かと遊びに行ったり、食事に行ったりとしないことも約束した。これは僕だけが守るべき約束の話だ。 クロコダイルには社交上断れないお付き合いというものが存在する。国王とか、海軍とか、そういう人とのお付き合いをお断りすることは出来なくはないが、彼の立場上、絶対にしない方がいいに決まっていた。 僕はその約束をきっちり守っている。クロコダイルと会う約束がなくても、退勤後は寄り道などせずに家に帰り、食事を作って本でも読んで過ごす。休日はクロコダイルに会うこともあれば、本や食品を買うくらいのほとんど起伏のない日々だ。 同僚や友人から付き合いが悪くなったと思われても、職場の人間関係が悪くなったとしても、僕はただただクロコダイルが好きで、彼の心が平穏に越したことはないと思っている。その平穏を僕だけが守れるとわかっているのなら、順じたいのだ。 とはいえ、クロコダイルは癇癪持ちのヒステリーでとにかくキレやすく、それでいて何故か溜め込んでいて、些細なことが大層気になる繊細な神経の持ち主だった。 僕が笑い飛ばせたり、何も感じないことでも苦痛に感じたりする。大変だな、と思っているが、根本的に僕とは感じ方が違うので、共感することはできずにいるわけだが。 そのため、クロコダイルは僕を床に転がして、その上に乗って、ぺったりと体をくっつけて何やら深呼吸しているのである。 「可愛い人。今日はどうしたんだい。何か嫌なことでもあった?」 クロコダイルはあの日の苛烈な暴言などなかったかのように沈黙している。たぶん、僕に対する不満や不安ではないのだろう。もしくは僕には言えないような機密性の高い内容で、言えないけれど苛立ちがあって、それで僕のところに来てくれたのかな。 こういった甘えるような行動は僕にとっては可愛いだけだが、床に押し付けられているのだけはいただけない。アラバスタの昼は暑く、夜は冷える。なので夜の今、床は結構冷たい。できればソファの上でやったらダメだろうか、と考えながら、クロコダイルの髪を撫でる。整髪料で固められた髪はべとべとはしていないものの、風呂上がりのような柔らかさはない。 「……お前が、」 「うん、僕が?」 僕の胸に向かって小さく発せられたクロコダイルの言葉を繰り返す。どうやら僕に言えないことではなく、僕に言いづらいことだったらしい。飲み会の時にはああして怒鳴り散らし、部屋だって壊滅的にぐちゃぐちゃにしたくせに、今日ばかりはしおらしい。 なんだろうか。僕はクロコダイルとの約束通りに生活しているつもりだが、彼の繊細な神経には引っかかってしまった。その何かを推測するのはかなり難しい。 クロコダイルはそのあとの言葉を発さず、黙り込んでしまった。こういった時間が嫌いなわけではないが、それは僕の都合だ。彼は吐き出したい靄を喉の奥に引っ込めて、辛い思いをしている。となれば、それを引き出してやるのは、恋人である僕の役目だった。 「クロコダイル、僕はね、君が僕に対して不満を吐き出してくれるのが、結構好きだったりするよ」 ずっと僕の胸に押し付けられていたクロコダイルの顔が持ち上げられて、ようやく目があった。不審なものを見る目を向けられて、つい笑ってしまう。 「独占欲も束縛も、クロコダイルからだと嬉しくてね。君が気を揉んでるところ、悪いとは思っているんだけどね? すごくハッピーな感じ」 「……馬鹿じゃねェの」 「ふふ、そうかな?」 クロコダイルはため息をついて、立ち上がった。そして僕を置いて自分だけソファに座ってしまう。ひどくない? 僕を床に転がしたのは君なのに。 僕もクロコダイルの後を追って、二人で座るには少し狭いソファに押し掛ける。どこか不満げな顔の彼が可愛かったので、額にキスを送ると嫌そうな顔をされた。 「ガキ扱いはやめろ」 「もう、可愛いんだから」 今度はちゅ、と唇にキスを送ると、不機嫌な顔が治った。その反応が実に子供っぽくて、相手は自分より年上の男だというのに可愛らしい。 「うーん、あまりにもキュート」 「そんな馬鹿なことを言ってんのはお前くらいだ」 「そうかな。みんな口に出さないけど思ってるかも。クロコダイル様はキュートすぎる!ってね」 「お前以外に思ってるやつがいたら殺す」 「僕だけ許してくれるの? ありがとう」 可愛いクロコダイルをよしよしとしていると、彼はうとうとし始めた。忙しいんだろう、寝かせておいてあげよう。 彼を眺めているうちに、僕もなんだか眠くなってきた。ぼんやりし始めた意識の中、ふと気が付いた。──あれ、彼、何を言いたかったんだろう。 まあいいや、目が覚めてから彼に聞いてみようと考えて、僕も眠りについた。 誰かと話しているのが気に食わない |