愛人契約本編後番外


 新世界への見送りから数日経ち、おれはクロコダイルが集めてくれた美術品を観賞したり、Mr.1に御遣いを頼んだり、気になってた本の続きを読んだり、バナナワニにエサをやりながら過ごしたりした。

 あれからクロコダイルが変わったかと言えば、否、である。おれが手を出して来たことに対する戸惑いのようなものはあったものの、ロビンからの助言である素直になった方がいいというのは完全スルーだった。まあ、助言を受けて何かできるような可愛い性格してるんならもうどうにかなってるっていうか……。

 ていうか思ったんだが、あいつ、今のままでも十分素直なのでは? 別に自分を偽って生きてるとは思えない。たしかにおれには好きとは言わないが、それは好意を口にしない性格なのであって、閉じ込めておきたい独占欲はちゃんと口にしているし。おれのことを好きなのかもしれないが、あいつがいわゆる世間一般の認識にある甘ったるい恋人関係を望んでいるとも思えない。
 ……正直、今更あいつと好きだよとか言いながらちゅっちゅっイチャイチャみたいなことするとかすごい気持ち悪いし、なんか頭おかしくなったみたいで怖いというのもある。

 そもそも、おれも自分から好きだの愛してるだのと伝えるタイプの人間ではないことに、ものすごく今更ながら気が付いた。昔ならいざ知らず、この年齢になってわざわざ口にするというのは、まあ、あまりない。なので、そこらへんについてはさっぱり考えるのをやめることにした。クロコダイルも何をしてくるわけでもないし、考えたって仕方ないからなァ……。

 で、そんなことを悶々と同じ姿勢で考えていたせいで身体を痛めたので、すこし外を歩いて来るかーと重い腰を上げて玄関に向かったのだが……。


「クロコダイル。玄関前で仁王立ちはどうかと思う」

「てめェが出かけようとしてるからだろうが」


 嘘をつきやがって、と責めるような視線を感じて、思い切りため息をついた。クロコダイルの視線や態度にげんなりしたからではない。この面倒くさいクロコダイルを、一瞬でも可愛いと思ってしまったからだ。……おれより年上の、おっさんを可愛いとかイカレているのでは?


「……運動不足だから散歩しようと思っただけだよ」

「どうだかな」

「気になるなら一緒に来ればいいだろ。その辺うろつくだけだよ」


 十割疑っている顔のクロコダイルをそうやって誘えば、ほんの少し考えたような仕草のあと、先に玄関から出て行った。おい、なんでおれを置いていくんだよ。意味がわからん。
 おれも玄関から外に出て、ぐっと背筋を伸ばす。別に屋敷の中の空気が悪いとかいうわけじゃないんだが、久しぶりに外に出たような気がして伸びをして深呼吸のひとつやふたつもしたくなる。そんなおれの様子を、クロコダイルが腕を組んだままこちらを見ていた。


「やっぱクロコダイルってガラ悪いよなァ。他人だったら絶対近寄らないわ」

「今更じゃねェか」


 知っている、というような口振りだった。そういえば初対面のときも逃げようとしたことを思い出した。挙げ句殺されたくないと逃げ回っていたことを知っているのだから、クロコダイルにはお見通しであると言えよう。
 そんなふうにくだらないことを話しながら、近くの道を歩いていく。おれたちの他にも島民はいるが、元七武海の賞金首だからと言って通報しないどころか、むしろ積極的に協力してくれている連中ばかりなのでクロコダイルと二人でも気を張る必要はない。
 春が近づいてきたせいで、欠伸が出る。春眠暁を覚えず、という言葉を思い出した。あれは何に載ってた言葉だったかな、と思っているうちに、クロコダイルが腕をさすっているのに気が付いた。割と厚着のクロコダイルにしては服が薄着だった。外出するつもりはなかったから、当然と言えば当然かもしれない。


「寒いのか?」

「誰かさんが急に出かけようとしやがったせいでな」


 嫌みをドストレートに伝えられて、ははは、と適当に笑うことしかできない。日頃の行いのせいで、心配をかけている自覚はある。それがほかのやつらに渡したくないというクロコダイルの独占欲から来たものだから、おれも悪いことをしているとは思わないのだが、なんだか申し訳ないとは思うわけで。仕方ない、ちょっと優しくしてやるか……。


「ん」

「……なんの真似だ?」

「寒いんだろ。手だけでも貸してやる」


 手を繋ぐくらいで暖かくなるか、あるいは優しいかどうかは別にして、おれのことが好きだって言うのなら、まあ、悪くはないんじゃないかと思うのだ。だって上着を貸すのはサイズ的に無理があるし。身長も身体の厚みもおれより上なんだぞ? よく女の子にやるみたいに貸してやるのは無理だろ。
 差し出したおれの手を見つめているクロコダイルは、動こうとはしなかった。どうやら外で女装もしていないおれと手を繋ぐのは嫌らしい。実際、三十路を過ぎたおれと四十路を過ぎたクロコダイルが手を繋いで歩くのって嫌な絵面ではある。


「必要ないなら別にい、いッ!?」


 手を下げようとした途端、思い切り腕を引っ張られた。力が強い! 痛ェ! と抗議しようとしたら、手を繋ぐどころ腕を組む──を大きく超えて、おれの腰に手を回すようにして抱き寄せていた。クロコダイルの右半身とおれの左半身がべったりくっついているような状態である。


「……いやお前、これ、歩きづらいだろ?」

「ふん、手くらいで寒さが和らぐわけねェだろ」


 言っていることは間違ってない。間違ってないのだが……マジで歩きづらい。大目的は散歩だということをこいつは忘れているのではないだろうか。かと言って、突き放すのもなんだしなァ……。
 拒否することもなく、バカップルのようにくっついたまま、二人でのろのろ歩いていく。ぼんやりと風景を見ながら歩くなんてあまりして来なかったが、クロコダイルが選んだだけのことはあって美しい景色が見られる島だった。

 ──煌めく水面、揺れる草花、歴史ある建物。それらが一枚の写真に納まるような、美しい景色が見られる。

 この角度からの景色なんて本当に趣味がいいな、と考えていたら、おれの頭にクロコダイルの顔が乗せられた。擦り寄って来た、の方が正しいのかもしれない。なんにせよ、いまいち対応に困る行動だ。動きづらいし、絵面もどうかと思う。だけど別に、おれも嫌じゃないっていうか……満更でもないんだよなァ……。
 ただこうしているだけで、妙に穏やかな気持ちになれるのは、相手がクロコダイルだからだろうか。無性に、クロコダイルが今どんな顔をしているのか気になった。けれど頭にかかる重みのせいで、まともに首を動かせない。それがなんだかとても勿体なく感じてしまった。

すみれのにおいがめにみえるまで
愛人契約本編終了後、メノウさんへの好意が漏れ出すクロコダイルさん@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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