転生で次期国王なビビ兄主



 反乱軍を裏で誘導し、国を破滅に追いやっていたのは七武海であるクロコダイルだった。そう世に知らしめるよりも少しだけ早く、アラバスタの次期国王であるノウェムは海軍と話を付けてクロコダイルとの面会をさせてもらうことになった。二人きりで話がしたい。その要望に応えるのは危険だと誰かが言ったが、クロコダイルの手足には海楼石の枷がつけられており、素手ならばクロコダイルに勝てるほどノウェムという次期国王は武芸に長けていた。何せ反乱軍との戦いで相手を気遣いなら最前線で戦っていたと言うのだから、ある意味王としてはふさわしくないのかもしれない。
 二人きりで話せるのはおよそ十分ほどだと告げられてノウェムはそれを了承した。向かったさきにいたのは床に腰をおろし、汚れた姿だと言うのに傲慢な態度を崩さないクロコダイルだった。ノウェムがすこし困ったように笑う。クロコダイルはその姿を鼻で笑った。扉が閉められ、クロコダイルが先に唇を開いた。


「次期国王陛下がなんでまたここに? 忙しいんだろう、こんなことしてる暇があるとは思えねェが」

「そうかもしれない。でも、今話さないと二度と話せなくなるかもしれないだろう?」


 そう言って笑ったノウェムの顔には恨みも憎しみも怒りさえなかった。王女であるビビはあんなにも怒りをあらわにしていたのに、まるでそんな素振りを見せない。平然としたその顔をぐちゃぐちゃにしてやりたいと思った。屈強ななりをしていながら穏やかで柔和で、どこまでも気に入らないのだ。戦士として勇猛果敢ですばらしく、穏やかな気風ゆえに王としての資質も持ち合わせている──そんな恵まれた才を持つ人間など、気に入るはずもなかった。現に今もクロコダイルに対し、怒りすら持っていないのだから面白くない。他人のために怒るはずのノウェムがここまでされて怒らないとなると、その他人のなかに自分も含まれていることは想像に難くない。ならば妹のビビを血祭りにあげた方が余程ましだったかもしれないと考えた。


「それで何を話しに来た。なんでこんなことをしたんだとか、これから頑張っていくだとか、おかげで一つになれただとか、そんな馬鹿なこと言いに来たんじゃあねェだろうな」


 ノウェムが言いそうなことをいくつか口に出してみれば、クロコダイルは吐き気さえするようだった。いい子ちゃんも大概にしてほしい。偽善など面白くもなければ腹も膨れぬ粗悪品だ。使いたければ他人に迷惑のかからないところでやってほしい。ノウェムは笑いながら近づいてきて、クロコダイルの真正面に腰を下ろした。そうして「違う違う、そういうんじゃなくて」と妙に軽い言葉を発する。じゃあなんだと言うのだ。何を馬鹿なことを言いに来た。そう重い視線を返すクロコダイルに、ノウェムは笑みを作る。


「全部、知ってた」


 予想もしていなかった言葉に、クロコダイルの呼吸は一瞬だけ停止した。すぐにその言葉を理解しようにもうまく頭が回らなくなる。知っていた、なにを、どこからどこまで? 第一その言葉は本当なのか? しかし人を試すような言葉を吐く享楽的な性格はしていないはずで……。そんなふうにクロコダイルの頭の中でぐるぐると言葉が回っている間、ノウェムはにこにこと笑っていながらも次の言葉を紡いでいた。


「あと十年くらい待ってりゃよかったんだ、そうしたらおれのところに王座が舞い込んできた。おれのことなんて簡単に手懐けられただろうに。プルトンのありかだってわかったのに」

「……テメェ、いったい」


 本当に大体のことは知っていたらしい、とクロコダイルはようやく理解して目の前のノウェムにまっすぐ視線を向けた。ノウェムのことが、てんでわからない。穏やかで人の好いノウェムという次期国王は、猫をかぶっていた姿に過ぎないと言うことなのだろうか。いつも通りの柔和な笑みだというのに、冷たいものに見えた。けれどもどうしてか信じがたいと思っている。吐き出された言葉を考えれば柔和な時期国王はただの偽りだったとわかるはずなのに。しかしそうしているうちにノウェムはひどく面白いものでも見つけたかのように目を細めた。その瞳は見るに堪えないほど、邪悪な色を垂れ流している。


「愚かなクロコダイル、きみはしばらく檻の中だ」


 そしてクロコダイルは理解する。理解せざるを得なかった。目の前にいる人間は、とてもまっとうな人間ではありえないのだと。わざわざ自分の悦のため、クロコダイルを笑いに来た男がまともであるはずもなかった。すべて知ったうえで反乱軍を泳がせ、戦わせ、内乱なんていうものを起こしておきながら、それでも気にせず、なんの良心の呵責もなく、当たり前のこととしてここに立っている。この男はおそらく自分が面白いからという理由だけで、民草がどうなろうとも何も策を取ってこなかったのだ。クロコダイルに支配されるよりもノウェムが継ぐ方が余程恐ろしい結果を生むだろう。アラバスタの行く末を思うと、哀れでならなかった。ノウェムに釣られたようにクロコダイルの唇も笑う。笑われてもノウェムには何の苛立ちも生まれなかったようで、ただ笑みを深くした。


「インペルダウンから脱獄したら新世界のとある冬島に行くといい。そこにある程度の荷物を置いておくよ」

「は、お前の思い通りにいくと思ってんのか?」


 誰が脱獄などするものか、馬鹿馬鹿しい。ノウェムのそれにしたがってやる気など毛頭なかった。そもそもインペルダウンから脱獄しようなど、馬鹿の考えることだ。やるのならその前の時点で逃げ、収監されないという方向性を取るべきだろう。何もわからないお坊ちゃまめ、とクロコダイルが笑えば、ノウェムも笑みをより邪悪なものへと変えてはっきりと断言した。


「おれの思い通りじゃなくて、神様の言うとおりなのさ」


 おまえにはわからないだろうけれどね、わからなくていいんだけど。そう言って笑ったノウェムの顔は、この世界の誰よりも歪なものだった。

灰になれなれ濛々と



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