「あ、おはよーございます」

「ああ、ナマエか。珍しいじゃないか、就業五分前に来るなんて」


 明日は槍でも降るかもしれないと少将はおれを笑った。それは決して嫌な笑いじゃなかったし、おれがいつも遅刻するのも事実だったから「おれもやればできるんですよ」と自慢げに胸を張った。今日は昨日も注意されたばっかりだし、たまには少将に見捨てられないように頑張らなければならないと思ったのだ。うん、遅刻魔のおれだが今日はよく頑張っている。けれど少将はすこし呆れたような顔をする。


「言っておくが、五分前は遅い方だぞ」

「……気のせいですよ、就業前にちゃんと席についてりゃあ、いいんです」

「昨日は三十分遅刻してきたな」

「あー、あはははは……」

「笑っても誤魔化されてやらんぞ」


 そう言いながらも少将は笑ってくれて、「その調子で明日からも頑張るように」とおれを褒めてくれた。嬉しくなっておれも笑う。すると少将は何かを思い出したような顔をして、おれに資料室からいくつかの資料を持ってくるように言った。少将から頼まれごとをするなんて滅多にないことだったので、おれは張り切って資料室に向かう。言われた資料を探し当てて、ちょっと小走りで少将の執務室へと戻る途中、ガープさんとすれ違って「元気じゃなァ」と声をかけられた。「体力馬鹿なのが取り柄なんで!」と言葉を返すとガープさんは楽しそうにげらげらと笑っていた。楽しい人だ。


「少将ー、持ってきまし……あれ」


 いねェや。頼みごとをした少将が席を外すとなればおそらく便所か、もしくは誰かから呼び出しを食らったかのどちらかだろう。どうせすぐに戻ってくるし、と適当に少将の机の上に資料を置かせてもらった。少将の机の上は相変わらず綺麗だ。ちらり、おれの机の上を見ると乱雑で、うーん、こんなにはっきり差が分かれるものかね。ただただ年齢のせい、というわけでもないだろう。おれはまだガキと言われてしまう年齢だけれどこうしてちゃんと仕事してるんだし……。


「あ、そういや仕事」


 たしか昨日のうちに終わらなくてやっておかなきゃいけないことが、と自分の机に向かった。事務仕事って苦手なんだよなァ……海賊の捕縛のが、まだ気が楽。はあ、とため息をついてもおそらく仕事は終わらないので席についた、ら。昨日の分の仕事が綺麗に終わっていた。


「え、な、なんだこれ……」


 まさかおれは夢にまで見た魔法を使えるようになってしまったのか!? なんてふざけたことを考えつつ、ぱらぱらとめくってみたらそれが少将による仕業であることがわかった。な、なんでやってくれたんだ? よくわからないけれど気を遣ってくれたのだろう。おれがあんまりにも事務仕事が苦手だから。戻ってきたら一番に少将にお礼を言おう。そう思って資料を自分の机の上に戻そうとしたら資料から何かが落ちた。
 拾ってみると一通の手紙、綺麗な少将の文字。封筒を乱暴に開いて、便箋を取り出した。薄い紙が一枚。ぺらりと何の気なしに開いて、固まった。手紙は少将が海賊になること、もう海軍へは戻らないこと等が書かれていて、そして申し訳ないという謝辞の一節で締められていた。


「う、そ……だろ?」


 信じられない気持ちでいっぱいになった。だって、あの、ドレーク少将が? おれの、ヒーローが。でも書かれた文字はどう見たって少将本人の文字だった。だったら、これは本当のことなのだ。
 そう思ったおれの行動は早かった。置きっぱなしになっていた刀をひったくるように取って、部屋の外に飛び出した。階段を使って降りるよりも窓から飛び降りた方が早いと判断して、廊下の窓から飛び降りた。着地と同時に走り出すと、近くにいたらしい大将青雉から「コラァ! 危ねェだろうが!」とお叱りの言葉が聞こえてきたけれどそれどころではない。おれはマリンフォードの港の片っ端から当たろうとして、海賊になるって言ってる少将がそんなところから出港するわけもないと裏に回ることにした。走って、走って。走って。少将はいた。──その背中に、正義の文字はもうなかったけれど。


「ドレーク少将ッ!」


 おれの張り裂けんばかりの大声で振り返った少将は、すこし困った顔をしていた。なに困ってんだよ、もしかして見つかりたくなかったってか、だったら手紙なんて置いてってんじゃねーよ。言いたい文句はそれこそ山ほどあったけれど、おれは息を整えながらも少将に近付いた。少将はすっと手を前に出して「止まれ、ナマエ」とおれの名前を呼んだ。おれは足を止めようとして、すぐに一歩を踏み込んだ。言うことを聞かないおれに、少将が眉間に皺を作った。


「もう一度言うぞ、ナマエ。止まれ。私は、もう少将じゃあないんだ」

「だったら言うことなんて聞く必要ねェだろ、X・ドレーク!」

「それは……もっともだな」


 少将は、ドレークさんは、苦笑いだ。ちがう、そんな表情のあんたなんか見たいわけじゃないんだ。おれの口は歪むばかりだ。なんだ、なんだ、と船に乗ってた連中が顔を出した。中には当然知っている連中もいて、余計に苛立ちが募っていく。なんで、なんで、なんで! 目の前にまで迫ったドレークさんは、臨戦態勢を取るわけでもなく、おれに止まれということもなく、ただ困った顔をして、おれを見ていた。おれはそれがたまらなく許せなくて、思い切りドレークさんの顔を殴った。避けられたはずなのにドレークさんは避けなかった。なんだよ、甘んじてか? 償いか? ふざけんじゃねェよ。


「なんで……なんでおれを置いてくんだよッ、知ってんだろ、おれの正義があんただってことはッ!」


 十年ほど前、おれの町を助けてくれたのはたしかにドレークさんだった。目の前で海賊に母親をいたぶり殺されたおれを助けてくれたのはたしかにドレークさんだった。あんただから憧れて、あんたみたいになりたくておれは海軍に入ったんだ。海軍に憧れたわけじゃない。ようやく一般海兵よりも戦えるようになって、あんたの傍にいられるようになったのに、こんなのあんまりじゃないか。おれの言葉にドレークさんはとても苦しそうな顔をしている。固く結ばれた唇からようやく吐き出された言葉は、すくなくともおれの望んでいた言葉とは違った。


「……海賊になるんだ。おれは、お前の思っているような人間じゃあ、ない」

「だから置いてくってか!? じゃあおかしいだろ、こんな手紙残しやがって……連れてけよッ!!」


 おれが血反吐はくように叫んでも、ドレークさんは首を縦には振らなかった。それどころかとても苦しそうな顔のまま、首は横に振られて、ついてくるなと明確に拒絶される。だけど、だからって、おれが納得できるわけもなかった。力任せにドレークさんに飛びかかる。案外力が抜けていたらしいドレークさんは体勢を崩してそのまま後ろに転んだ。そのままドレークさんの上に跨って、襟元をつかんだ。


「おれはあんたに比べたらそら、弱い、し、海賊だって、嫌いだし、時間も、守れねェような、クズだけど、体力と、あしの、はやさには、自信、あるし……っ、」


 言葉を発していると情けないことに自分の目からぼたぼたと涙が流れて落ちた。おかげで視界はぐちゃぐちゃだし、ドレークさんの顔はおれの涙まみれだし、目玉が熱いし、本当、散々だ。そういえば人前で泣いたのはドレークさんに助けられたとき以来だ。ドレークさん、おれの英雄。おれの正義で、おれのぜんぶだ。


「あんたのことなら、おれが一番思ってる!」


 きっとおれ以上にドレークさんを必要としている人間もいないはずだ。そう叫んだら、ぼやけた視界の中でドレークさんが驚いたような顔をしていた。何驚いてんだよ、とおれは余計に嗚咽が止まらなくなる。こんだけおれがドレークさんのこと考えてんのに、なんでだよ、くそ、ドレークさんのアホ! う、う、とおれがドレークさんの上で泣いていると、船の上から笑い声が聞こえた。なんだよ! と涙をごしごし拭きながら睨むと見知った顔がにやにやと笑っているのが見えた。


「ナマエ! 今の、完全に愛の告白だぞ」

「え!? あ、い、いや! ち、ちがくて! いや、ちがくねェけど! ちが、う、うああああああ!」


 自分の言ったことがリフレインされて、一気に顔に熱が集まった。ドレークさんに視線を向ければ、ドレークさんにはにかまれる。ちょ、え、あ、ち、う、うううううう! 違わないと言ったことも恥ずかしくなってどうしたらいいかわかんなくなったおれはドレークさんから飛びのいて走って逃げようとした。が、ドレークさんはおれの首根っこをがしっとつかんだ。さっきまであんなに追い払おうとしてたくせに! そう思ってもドレークさんは逃がしてくれる気はないようでそのままずるずるとおれを船に引っ張っていく。盛大な告白をさらしてしまったおれは、無事に船に乗れたけれど全員から笑い話にされて、しばらく自分の殻にこもり続けた。

あなたのとなりがぼくのばしょ

ドレークさん@黒い鳥さん
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