痛い思いをするのは、人間だったら誰だって嫌だ。稀に変わった性癖を持つ輩もいるが、そういった考えは一般的なものとは言えず、恐怖で支配するために痛みというものを刺激してやることは手っ取り早い方法とも言えた。G-5はそういった手法を取ることを苦にも思わず、むしろ嬉々としてやるような連中ばかりが集まった支部だ。間違った方向に頭が切れてしまっている。そんな支部に一人、“良心”とも言える男がいた。柔和な顔つきと優しい対応、G-5の支部が似合わないどころか海兵としても違和感のあるような男だったが、彼が正義を語るとその内容はとても熱く、だからこそこの支部にいるのであろうことは想像に難くなかった。──彼の名前はナマエ。海軍G-5支部大佐兼軍医であった。


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「スモーカーさん、まァた無茶したんですね?」


 他の連中の手当てを終えたナマエがスモーカーの執務室に現れてそう言った。少々怒っているのか、ナマエは腰に手を当てて仁王立ちをしている。「なんでもねェよ」と言葉を返すスモーカーを軽く無視し、ナマエはずんずんと執務室の中に入ってきて、腕をぐっとつかんだ。スモーカーは痛みに声を詰まらせ、小さく呻く。


「ほら、やっぱりそうじゃないですか」


 怪我の場所まで知っているとなれば、誰かが告げ口をしたということだろう。そんなことはわかりきっていて、ドアのところからこそこそと中を覗いていたたしぎをスモーカーは睨みつける。たしぎはその視線に怯えるようにして逃げ出した。ご丁寧にドアまで閉めてだ。余計なことを言いやがって、と思ったのも束の間、スモーカーはナマエからの非難の視線にさらされて、そっと視線を逸らした。


「たしぎちゃんが悪いんじゃあないですよ。隠し立てするスモーカーさんが悪いんですからね?」

「……わかったから、その手ェ離せ」


 ナマエは何を言われているのか理解できていないような顔をしていたが、スモーカーの顔から自分の手へと視線を向けると「あ、すみません!」と傷口を押さえっぱなしになっていた手を慌てて離した。ナマエに悪気がないのはわかっていたが、地味な痛みが広がった。今ので完全に傷口が開いたかもしれない。ナマエが手馴れた手つきでスモーカーの服を脱がせると、やはり腕にある傷からは血が滴った。ナマエが顔を青くさせて謝ってくるが、ナマエに悪気がないのはスモーカーにもよくわかっている。


「……謝ってねェで、手当てしろ」

「あ、はい! そうでした!」


 そこからナマエはきびきびとした動きでスモーカーの傷をあっという間に手当てしてしまった。傷はそれなりに深く縫われたのだが、ナマエは一切麻酔の類を使わないため、スモーカーには結構な痛みが走った。
 スモーカーがナマエの手当てから逃げる理由の一つがこれである。子供じゃあないんだからと誰も言わないくらい、ナマエの治療は痛いのだ。G-5の良心とまで言われる男が何故そんな鬼畜な行為に走るのかと言えば、『これだけ痛い思いをすれば怪我なんてしたくなくなるでしょう?』と本人談。ナマエの治療は本当に痛い。いっそ怪我をしたときよりもよほど痛い。その言葉から考えるにおそらくわざと痛くして、次の機会をなくそうとしているのだろう。死なないために、心配をしてくれているということだ。それを理解してはいたが、やられている側としてはたまったものではなかった。


「はい、これでおしまいです。お疲れ様でした」

「……ああ」

「次からは無茶をせず、怪我のないよう気を付けてくださいね」


 そう言ってナマエは満面の笑みといって差しさわりのないほど綺麗に笑う。そんなふうに綺麗に笑ってくるものだから、スモーカーはとある感情に襲われる。──いわゆる、恋愛のあれこれ。
 これがナマエの治療を受けたくない二つ目の理由だった。男同士で好きだの恋だのということの不毛さを知らぬわけではないし、何よりもスモーカーは色恋にうつつを抜かしている暇はない。しかしナマエに会えば、ナマエから痛い治療を受ければ、自分の感情をかき乱されて、辟易として、けれど決してそんな自分すら嫌いになれない……とくればいよいよ重症だ。


「約束してくださいね、絶対ですよ?」


 誰にでも言ってんだろ、だなんて、ああ、もう。いったい何を考えているんだか。そんなふうに卑屈になると同時にナマエが自分のことを心配してくれていることに嬉しくなってしまったスモーカーは、深くため息をついた。

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 ヴェルゴは、ナマエという男が苦手だった。ありがちな正義感にあふれた海兵だから──では当然ない。そもそもナマエがG-5の良心だという認識自体、間違っているのだ。ヴェルゴはよく知っている。ナマエという男は根っからの外道だ。「正義なんか食えないし、そんなことはどうだってよくて、ただ痛む顔が好きなだけですよ」とは本人の言葉だ。医者を目指した理由は痛む顔を間近で見れるから。海軍に入った理由は怪我人が多いから。G-5支部への転属を希望したのは怪我の頻度が高く怪我の状況がひどいから。
 それだけならまだヴェルゴは素知らぬ顔で了承しただろう。腕は立つし、そんな歪んだ性格の持ち主は別段珍しいものではなかったからだ。しかしヴェルゴはお気に入りという名の標的にされてしまった。怪我をすれば一番どぎつい手当てを受けていたのだ。本性を知っているヴェルゴには容赦なく怪我をさせようとしてくるし、本当に散々だった。けれど最近、それも止んだ。勿論、性格が改善されたわけではない。


「スモーカーさん良い顔すんだよなァ、痛いの我慢するときとか本っ当最高……!」


 先日、用具の補充をしながらつぶやいていたナマエの独り言である。しかも恍惚とした表情つきだ。スモーカーも厄介な奴に好かれたな、と思いつつ、ヴェルゴは自分以外の標的ができたことに心底安心していた。

捧げられているとも知らず、生贄は悪魔に恋をする。

海軍G-5の良心(実はサド)×苦労人スモーカーさん@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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