殊更今更(短編)→いくつ歳をとっても(略)っていうありきたりなやつ(1000)の続編



 いくつになっても朝がつらいのは変わらない。ここ最近は調子もよくて夜遅くまで仕事をしているわけでもないのに、どうしても朝だけは苦手だ。ばし、と娘がおれの顔を結構容赦なく何度も叩いて、そこでようやく目蓋が開くくらいだった。パパぁ! と娘がもう一度おれの顔面を強打した。痛い。もう四歳になる娘を抱えながら起き上って、のっそりとリビングに向かう。


「眠いなあ……」

「パパがごはんいっしょってきめたんでしょ!」


 だからって休日に七時起きはないと思う。パパだってそれなり疲れてるんだぞ。リビングに着いて、ドフィに軽く挨拶をしてから、いただきますをして朝食をいただく。ドフィはおれらと暮らす前からそれなりに家事スキルがあったが、この数年で確実に料理の腕前が上がっている。ぶっちゃけ外で食うよりドフィのご飯のが安心するってすごい。おふくろの味はほとんど覚えていないけれど、最早ドフィの作ったご飯がそれでいいと思う。
 朝食を終えたら娘はお絵かきに夢中。どうか床やらには書かないでくれ。ここドフィの持ちもんだからね。勘弁してね。おれの思いもむなしく高級家具と床にクレヨンで赤い線ができて、おれ絶叫。ドフィはフッフッフ、と楽しそうに笑いながら、娘に注意を促していた。


「床は描くとこじゃねェぞ。でけェ紙出してきてやるからそこに描きな」

「はぁい、ママ!」


 ……ママ? おれとドフィは顔を見合わせた。今、娘は、ママって言わなかったか? そういう意味を込めて見詰め合ったら、ドフィは頷いた。やはり聞き間違いではなかったようだ。
 娘に視線を向ける。にこにことした娘を見ると胸が痛くなる。おれと元妻の離婚は、大人の問題であって、娘には何の非もない。だから娘の口からぽろっとママだなんて言葉が出たら、罪悪感に襲われる。おれにとって彼女が妻でなくなったとしても、娘にとっては元妻が母親なことは変わらない。もう何年も会っていなくても、やはり母親が恋しいのだろうか。会わせた方が、いいのだろうか。けれどやり直すことはできないし、他の女性と結婚することも考えられない。


「なあ、ママは、」

「ママはドフィなの!」


 おれがシリアス全開の声を発したと言うのに、娘は斜め上どころか宇宙の果てくらいにぶっ飛んだ発言を噛ましてくるものだから、場が凍りついておれの目玉が飛び出しそうになった。マ、ママ? ドフィが……ママ? 思わずドフィに目をやってしまう。家の中ではサングラスが取られていて、その綺麗な瞳が軽く瞠目している。まばたき、のち、


「フッフッフッフッフ!! おれがママか!」


 爆笑。娘が、うん! なんて元気に返事をするものだから、ドフィの笑い声に拍車がかかる。最早爆笑を超えて大爆笑となった。ああ、うん、ね、気持ちはわかるけどね……ドフィにママって似合わないし。ママ、ママね。言葉を脳内で繰り返しているうちになんだかおれも笑えて来て、ドフィに釣られたように笑い出した。でかい男が二人揃って大爆笑しているところはなかなかに奇妙だろう。娘はおれたちが笑っていることが不服らしく、可愛らしく頬を膨らませていた。


「なにがおかしいのよー!」

「フッフッフ、悪かったよ」


 ドフィに謝られた娘はまたにこにこと笑って、ゆるしてあげるよママ、なんて言うものだから、一度引っ込んだ笑いがまた再発した。やばい、本気で面白い。腹を抱えて笑い始めたおれに、娘からの鉄拳が飛んだ。

 ・
 ・
 ・

 さんざ遊んだあとは疲れ切ったのか、お昼前に娘はお昼寝を始めた。寝ている顔は元妻を少しだけ思い出して何とも言えない気持ちになる。成長するたびにそんなふうに考えてしまったら嫌だなと思いつつも、それを受け入れられる日が来るとも信じていた。最早寝取られただけの夫ではないのだから。


「寝たか?」

「ああ、ぐっすり」


 ドフィは娘の寝顔を覗き込んで、柔らかく笑った。……どうしてそんな顔ができるんだろうな。おれの子であって、ドフィの子じゃあないのに、どうしてそこまで思ってくれるんだろう。そんなことを考えながらドフィのことを見つめていたら、ドフィがおれの視線に気が付いたようにこっちを向いた。そして唇の端を上げてちょっと悪い顔で笑ってくる。


「熱烈な視線だなァ?」

「……まあ、な」


 すこし前に出れば届く距離にいたドフィに近付けば、ほんのすこし目を細めたドフィはおれの唇を受け入れた。リップ音もしないほどの軽いキス。何度か繰り返しているうちに深くなりそうになってやめた。娘の寝顔見ながらディープキスとかさすがにどうかと思う。先に仕掛けたのはおれだけど。ドフィもそんなつもりではなかったのか、すぐにキスをやめて娘に視線を向ける。おれも娘に目を戻す。可愛い娘、そして横にはそんな娘にママだなんて呼ばれた親友兼同居人兼……恋人。気がついたらそうなってたのだ、こればっかりはどうしようもない。


「正直さあ、さっきこいつがママって言ったとき、お前との関係バレてんのかと思ってひやっとしたよ」

「フッフッフ、おれもだ。バラすにしたって四歳児にゃァまだ早ェ」


 実際、娘は無意識的になにかを感じ取ってるのかもしれないし、言うのも早い方がいいとは思うが早すぎるのもどうかという話で。けれど思春期になれば気持ち悪いと言われてしまうかもしれないし……タイミングはとても難しい。ドフィとの関係が戯れでないからこそ、余計にだ。けどまあ、しばらくは考えなくてもいいかもしれない。恋だとか愛だとか、そういうものをある程度理解できる年齢を超えてからの話だ。


「ナマエ」

「ん?」

「隣の部屋、行くか」


 ……そう言われて一瞬、ソウイウあれにお誘いを受けているのかと思ってしまった自分がいて、身体が動きを止めた。が、よくよく考えたら隣はリビングだ。娘が寝ているから移動しようということだろう。欲求不満なのかな、とちょっと自分の思考に恥ずかしくなりながら頷いてリビングへと移った。部屋のドアを閉めた瞬間、ドフィの口がおれの口に触れる──なんて可愛いものじゃあなく。

ぼくたちはまだまだお若いようで

いくつ歳をとっても(略)っていうありきたりなやつの続編@アリスさん
リクエストありがとうございました!



×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -