さて、子供ことクロコダイルを誘拐したおれだったが、問題は山積みだ。とりあえず薄汚れていたクロコダイルを風呂に入れるため、子供用の服を手に入れなければならなかった。しかし買いに行けば容易に誘拐がバレることだろう。なので自分の服をどうにか小さくさせようと思ったのだが……自分の服もそんなに持ってなかったっていうね。だっておれ、貧乏だし。やっちまってるなあ、と思ってもクロコダイルに服を着せないわけにはいかない。最悪おれは動物系だし全裸でワニになってそこらへんにいれば……と一瞬考えたが、よく考えたらおれはそもそもでかくて、ワニになるともっとでかくて、家の中に収まるサイズじゃあなかった。 「……どーしようかな?」 「……なにが?」 「んー、こっちのことだよ。クロコダイル、気にしなくても大丈夫だからね」 飯を食っているクロコダイルの頭をなでなで。柔らかい髪質にうっとり。おれは剛毛だし大人だから子供って感じがしていいなあ、なんてひたっている場合ではない。お腹が空いてたようなので有り合わせの大して栄養のなさそうな飯を食べさせているのだが、育ち盛りだろうクロコダイルにいつまでもそんな飯は食わせてられない。なんにせよ、金がいる。……金かあ……嫌な響きの言葉だ。いつもいつも纏わりつく問題。でも今は一人じゃあないし、嫌なことでもしなきゃなあ。問題は子連れでも問題なくできるのか、ってことだけど……ううむ、悩む。 悩んでいる間にクロコダイルが食事を終えて、あまり表情のない顔に満足感が浮かんだ。こんな大して美味しくもない食事でも満腹になったら嬉しいだなんて、やっぱり可哀想だ。すぐ返すことになると思ったけど、そんなことにはさせない。そうなれば、することは決まった。決意を改め、視線を合わせ、にっこりと笑みを作る。 「よし、そしたらクロコダイル、風呂に入ってきな」 「……」 言葉だけで、にがっ、って感じの顔をされた。どうしてそんな顔するのこの子は。たかがお風呂でしょうが。犬猫じゃああるまいし、お風呂に入るのを嫌がるなんて……これから汚れるかもしれないし、長く風呂に入れなくなるかもしれないので、今お風呂に入れないわけにはいかない。膝の上に乗せていたクロコダイルの腹に腕を回し、脇腹の横に抱えて風呂場へと連れて行くことにした。……のだが、すごい暴れてくる……痛くはないけど……。 「やだ! ふろ、やだぁ!」 「あのねぇ、風呂入んないと汚いんだよ? クロコダイル、病気になるよ?」 「いやなもんは、いや!」 一際激しい抵抗のあと、腕から質量がすっぽりとなくなった。思わず「……え」と呟けば、砂のようなものが舞っている。家の中に砂? と思ったのも束の間、おれのすぐ後ろに集まった砂がクロコダイルになった。「へ?」。口から出るのは間抜けな声だ。うまく理解が追いつかなくてクロコダイルを見つめた。しかしそのクロコダイルは、顔を真っ青にさせて泣きそうになっているではないか。もっと理解ができなくなって、おれはとても慌てた。振り返ってしゃがみこみ、クロコダイルの肩をつかんだ。 「ど、どうした? どっか痛いか? 泣きそう?」 自分でも最早何を言っているのかわからなかったし、おれの方も泣きそうになっていた。とりあえず泣きそうならどっか痛いのだろうという発想は間違っている。けれど今のおれにそんなことに気が付ける余裕は全くなかった。子供を育てた経験なんて勿論ないし、とにかく混乱してしまって、どうしたらいいのかわからなくなってしまったのだ。目の前で子供が泣きそうなのにおれまで泣きそうだなんて大人失格かもしれない。クロコダイルはおれのことを見て、すこし驚いているようだった。 「クロコダイル? ……どうした?」 「……おれ、すなになったのに、こわく、ねぇのか?」 「ん? ……ああ、そういえばそうだったね。クロコダイル、自然系の能力者? 珍しいねえ」 よくよく考えたら先ほどの砂になったのは自然系の力のような気がした。超人系なら砂を作れる、とかのような気がするし……多分スナスナの実の砂人間とかだろうか? とても珍しい能力だろうから、きっとこの子は将来すんごく強くなるに違いない。眼光も結構厳しめだしな……結構こわがられるかも? ていうか能力者なんてたいてい怖がられるしなあ。この子も人生、大変かも。 おれがクロコダイルの将来についてわりと真剣に考えていると、クロコダイルは何を言われているかわからないと言ったように首を傾げた。 「ろぎあ……?」 「もしかしてクロコダイル、悪魔の実知らないか?」 「しらない」 「悪魔の実、食べると、えーと、」 神経を使わずとも一番簡単になれる人獣型でどでかいワニっぽい何かに変わりながら「こんなふうに動物の姿になったり」、クロコダイルを指差して「砂に変わったりできるようになるんだ」と説明した。どうやらまったく知らなかったらしいクロコダイルはとても驚いていた。悪魔の実も食べずに砂になれる人間がいるって話は聞かないし、多分、間違いはないと思う。 「あ、もしかしてクロコダイル、風呂嫌なのって力が抜けるから?」 「……なんで、しってんだ」 「おれもだからね。能力者、みんなそうだから安心していいよ。泳げないし、海に嫌われちゃうんだ」 悪魔の実の能力者って怖がられてるし、そういう情報は一般常識レベルだと思っていたのだけれど、クロコダイルの親は知らなかったのだろう。閉鎖的ってほどの国でもないのに……まあ貧困層だったら仕方ないのかな。そこまで長くここに暮らしているわけではないおれにはわかりかねることだ。 そんなことをぼんやりと考えていると、ポタリ、床に水滴が落ちて染みになる。クロコダイルが泣いていた。必死に泣くのを堪えようと顔を歪めているのに、あっけなくポタポタと涙は流れていった。 「おれ、ばけものじゃ、ない?」 「化け物なんかじゃない!」 大きな声を出してしまったせいでクロコダイルがびくりと肩を震わせたけど、それに構わずクロコダイルをぎゅっと抱き締めた。「化け物なんかじゃない……」。そう呟くことしかできなかった。境遇が似ていたから自分と重ね合わせてしまっていたのだと思う。──化け物、化け物、化け物! 自分をそう呼ぶものの存在こそ、化け物のようにしか見えなくなるのだ。自分が悪いと塞ぎこむ。たかが、変な果実を食べたくらいで人生を奪われてたまるか。 「大丈夫だからね」 そう言えばクロコダイルは我慢していた何かが決壊したようで、わんわんと大声で泣き始める。おれは子供の慰め方なんか知らなくて、とりあえず背中や頭を撫でることしかできなかった。 女神様さえ忌むらしい きみだけがほめてくれたぼくで何が悪いの?続編@匿名さん リクエストありがとうございました! |