ドフラミンゴは自分のものを奪われるというのが、何より許せなかった。飽きたり気に入らなくなればドフラミンゴから捨てるのは当然のことだったし、自分のものがドフラミンゴのことを嫌になったというのならまだ仕方ないと思えたかもしれない。しかしドフラミンゴは気に入ったもののために努力を惜しむことはなく、そんなドフラミンゴから自分で離れて行こうだなんて考えるものは一人だっていなかったのである。
 なのに、ドフラミンゴは見てしまった。初めて会ったときから今まで一度たりとも飽きたこともなく気に入らないこともない、素晴らしい己の恋人──ナマエが見知らぬ男と仲睦まじく話しているところを。二人きりで、楽しげに。途端、ドフラミンゴの脳内に浮かんだのは“浮気”という二文字だった。わざわざ個室で、二人きりで会うだなんて、それ以外に何があるというのか。しかしナマエが悪いのではない。ちょっかいを出すものが悪いのだ。あの男が何もしなければ何も起こらなかったのだから。
 人のものに手を出すやつは、馬に蹴られて死んじまえ。


「ジョ、ジョーカー……!」

「ああ、若、どうかさ、──あ」


 扉を開けた先で柔らかい笑顔を向けてくるナマエがドフラミンゴを視界に入れたのとほぼ同時に男の首が飛んだ。切断面は綺麗と表現するのが正しいほどまっすぐで、身体は首を切られたことに気が付かなかったのか、数秒の間を置いてから血を噴き出した。床に転がった首の上に多量の血液が降り注ぐ。雨などという生ぬるい状況ではなく、噴水やホースから勢いをもって流れる水のごとく噴き出した鉄臭くて真っ赤な液が広がっていく。
 嗅ぎ慣れた血の臭いがドフラミンゴの苛立ちを少しだけ慰めてくれた。これでこの男とナマエの関係は断ち切れたのである。男の首と身体のようにすっぱりと。


「あーあ……」


 しかしその惨状を見たナマエが呆れたような声を出した。ドフラミンゴの顔はこれ以上にないくらい不機嫌を露にしているというのに、ナマエはドフラミンゴにフォローを入れることもなく死体を眺めている。死んだ男をただ見ている。それが堪らなく頭に来て、ドフラミンゴはナマエの腕をつかんで歩き出した。
 こうなればやることは一つ。監禁だ。自分以外の誰にも会わせず、自分がいなければ生きられない状況に追い込んで、自分以外の人間など必要ないということを脳髄までしっかりと教え込んでやる。


「おいドフィ、どこへ行くんだ?」

「お前の新しい部屋だ」

「……ああ、またおれのことを監禁しようとしてるのか」


 ピタリとドフラミンゴは足を止めてナマエを振り返る。どうしてわかったのか。そんなふうに思うドフラミンゴのことをナマエはすべてわかったような目で見ていた。驚きからわずかに目を見開くと、ナマエはそっと手を伸ばした。その手がドフラミンゴの顔に触れる。ゆるりと頬を撫でる手は心地いい。「おれの話を聞いてくれるか?」とナマエが優しい声を発して、ドフラミンゴは勿論うなずいた。断る理由などあるわけがない。


「ドフィのことだから、おれがあの男とどうこうなったと考えてたんだろ?」

「……違うって言いてェのか?」

「当然だろ。あれはバイヤーだよ、バイヤー。今日来ることになってただろ。だからお前が心配するようなことは何もないんだ」


 バイヤーだということが浮気をしていない理由にはならないと思わないわけではなかったけれど、ナマエは今ドフラミンゴしか見ていない。ならば、まあ、信じてやってもいいだろう。ドフラミンゴは先ほどまでの苛立ちがどこかに飛んで行ってそういう気分になった。「フッフッフ、そうか、ならいいんだ」とドフラミンゴが顔に触れるナマエの手もつかむと、ナマエはすこし呆れたような顔をして笑い返した。


「いつものこととは言え、ドフィは心配性だな、本当」

「そうでもねェよ」

「いや、そうだろ。なァんでおれがドフィ以外を好きになると思っちゃうかね。おれってそんなに信用ない?」


 言われて、ドフラミンゴは言葉に詰まる。今までナマエがドフラミンゴ以外の人間に靡いたという事実はどこにもないし、ナマエはいつもドフラミンゴを一番に考えてくれているはずだ。けれど、どうしてかドフラミンゴにはナマエが自分の傍にいるという自信だけが欠落しているような気がする。常に不安というわけではない。たまに、ふとした瞬間、ナマエが隣にいないとき、離れていくのではないかという思考に向かって行ってしまうだけの話で。
 そんなふうに考え込んでいたドフラミンゴの顔にずい、と顔を近付けたナマエが「逆にさァ」と笑った。ナマエの目にはどこか仄暗い色がちらついている。その色をどこかで見かけた気がしたけれど思い出すことはできなかった。


「おれが閉じ込めてやろうか」

「……あ?」

「だから、おれが、ドフィを監禁すんの」


 予想外の言葉にドフラミンゴはすこしだけ困惑した。何故ナマエがドフラミンゴを監禁なんてするのだろうか? 別段ドフラミンゴは他の人間と遊んだり、二人きりになるようなこともしていない。だから監禁なんてされる理由もないし、ナマエがしたがっているというのならその理由もまったくわからなかった。ふう、とナマエはため息をついて、それからいつものように優しく笑った。


「わかんないならそれでいいよ、けど、覚えておいて」


きみが思うよりもぼくはひどい人間だ

夢主が浮気したと勘違いするドフラミンゴが夢主を監禁しようとする話@雪菊さん
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