本編17くらいの時系列で過去編



「ねえ、ナマエさ、うちにくれない?」


 特別任務を与えられていたはずのクザンは戻ってくるなり、サカズキにそう言った。上からの命令で一緒に任務に連れて行かれたはずのナマエの姿はその隣にはない。サカズキが「あァ?」と唸り声のような声を上げると、否定の意を含めていることはわかっているはずなのに、笑顔を浮かべたクザンは図々しくも同じ言葉を繰り返した。「ねえ、ナマエ、うちにちょうだいよ」。冗談とも真剣とも取れる声色で言ったクザンに、サカズキは厳しい目線を向ける。


「やらん」


 たった一言。サカズキはそれ以上、この会話を続けるつもりはなかった。サカズキにとってナマエは自分と似通ったところのある可愛い部下だ。そして何よりも、将来が末恐ろしくなるほどの実力を持った青年である。年齢にそぐわない経験も相まって、海賊を狩らせればサカズキの率いる部隊の中でも一、二を争うほどの実力者だ。本人がその実力に相応しい地位を得てサカズキの隊を出るというのなら構わないし、一時的に別の隊で経験を積むと言うのならまだしも、クザンの言い方は根本的な所属の変更と自身の傍に起きたいという考えから発せられたものだろう。サカズキはナマエをクザンにも誰にも渡してやるつもりはなかった。


「いいじゃねェの、サカズキのとこ、優秀なのいっぱいいるでしょ?」

「……やらん言うとるんが聞こえんのか?」


 そもそもナマエの才能を見出したのも、海軍の訓練所に入れたのも、すべてサカズキの功績だ。ナマエのことを組み手や指導を行い徹底的に鍛えたかと問われれば、たしかにサカズキはそこまでのことはしていない。訓練が不十分だと感じれば目をかけている存在であったので鍛えてやったかもしれないが、本来訓練生を指導するのは教官の仕事だ。サカズキにだって仕事はある。それを差し引いたとしてもサカズキが海兵としてのナマエを確立させたようなものだ。ほとんど無関係だったクザンに今更横槍を入れられるというのは好ましくない。
 第一クザンのところにだって優秀な人材はたくさんいる。真面目に仕事をしないクザンの代わりに働かされている人間たちが、山ほどもいることだろう。そんなところにナマエが持って行かれれば出世もままならなくなる。そうなれば可愛がっている部下は実力に見合わぬ地位のままくすぶり続けることだろう。そんなことは絶対に許せないし、ナマエはいずれサカズキの隣に立って正義のために生きるべき男だ。ナマエならば必ずそれだけのことを成し遂げられるとサカズキは信じてやまなかった。
 サカズキが露骨に不機嫌になっていくことに気が付いているだろうに、クザンは自分の意見を引こうとはしなかった。相変わらず冗談とも真剣とも取れる声色を発するものだから、サカズキの機嫌はどんどんと下降していく。


「なんのつもりじゃァ、一体」

「だーかーらー、ちょうだいって言ってんだろ。仕事ができて、生真面目で、上司も敬える」

「最後のはお前が部下に舐められとるだけじゃろうが」

「え、いやァ……そんなことないでしょ」


 そんなことないよな? と自問自答する様は阿呆を通り越していっそ滑稽だった。馬鹿らしい。不真面目とも言える柔軟なクザンと頑固とも言える真面目なサカズキはどうにもこうにも馬が合わない。普段ならばそこまで苛立つこともなかっただろうが、サボりたいからナマエのことが欲しいと言われているようでサカズキはとても不愉快だった。クザンのためにナマエを育てているわけではない。
 そうしてサカズキの機嫌がほぼ底まで落ちてきていることに気が付いたクザンは許されるのはここまでだと判断し、両手をあげてこれ以上争う意思のないことを示した。サカズキは「ふん」と鼻を鳴らし、早々にその場を立ち去ろうとして足を止めた。
 ナマエの噂は訓練生を終えたすぐあとからのことで、このタイミングでナマエを欲するということがサカズキには理解できなかったからだ。特別任務というものが関係しているのかもしれない。目をかけている部下を壊されてしまってはたまらない、という思いもあり、クザンを見る。クザンは機嫌の悪いサカズキに睨まれて首をすくめた。


「何故今更ナマエを欲しがった?」

「…………今日任務で連れてったんだけど、想像以上にすごかったから?」

「なんじゃァ、今の妙な間と聞き返しは」


 当のクザンにもよくわかっていないというような話し方に、サカズキは苛立ちよりも疑問を覚えた。先ほどまではあれほどはっきりとナマエの身柄を自分の隊に欲しいと言ってきたくせに、理由がはっきりとしていないとはおかしなやつだ。サカズキはクザンと根本的に馬が合わないと思っているが、しかしクザンにはクザンの正義があり一本通すところは通す男であるということもわかっている。そうでもなければ同じ階級につけるわけもない。そんな男が自分の言葉に責任を取れぬような発言をするとは思えず、疑問が沸々と湧き出てきたのであった。


「うちの隊にくれてもいいんだよォ」


 そんなふうに二人が疑問を抱えている後ろから突然話し掛けてきたのはボルサリーノだった。気配もなく後ろに立たれた二人は、一文字目を発せられた時点で勢いよく振り返りボルサリーノを見る。二人からの視線を集めてもボルサリーノはニコニコといつも通りの笑みを作っていた。「……なんの話じゃ」とサカズキが言えば、ボルサリーノは笑いながら会話を一番初めに戻した。


「ナマエの話でしょう? うちにもあんな有能な子、欲しいからねェ」

「……やらんぞ」


 どいつもこいつも、と思いながらサカズキが眉間に皺を寄せたまま睨み付けると、ボルサリーノは「わかってるよォ〜」と笑ってサカズキの肩を叩いた。クザンは本気だったけれど、ボルサリーノは言ってみただけというやつなのだろう。サカズキがナマエにどれだけ期待を寄せているのか、理解しているのである。あわよくば、という期待が透けて見えるがそれには目を瞑ることにした。


「そういえば特別任務だっけ? あれはなんだったんだい」

「あー、……猫の躾?」

「躾ェ?」


 それもこれもサカズキが聞きたかった内容をさらっとボルサリーノが聞いてくれたからに他ならない。猫の躾、と聞いてもぴんと来なかったサカズキだったが、ふと最近聞いた噂を思い出した。政府関係者に言うことを聞かない能力者がいるという話だ。おそらく上からの命令をまっすぐに聞くナマエが教育係りとして駆り出された、ということなのだろうが、実際問題サカズキには納得できなかった。そんなものナマエでなくともよかったはずだ。


「あ、そういえばサカズキ、ナマエって政府関係者に詳しいわけ?」

「あ?」

「いやさァ、猫にずばっと海楼石の手錠とかしちゃってたから。能力者だって知らないと普通、海楼石の手錠とか用意しないし」

「詳しかない。手錠は海楼石と鉄製のを私物で持ち歩いとるだけじゃ」


 まだ少尉にしか過ぎないナマエに政府の情報が入ってくるわけもない。そういった伝を形成するのはこれからのことだろうし、そもそも何か準備する暇など与えずに任務として連れ去った男が何を言う。サカズキにそんなことを思われているとも知らずクザンは「私物?」と目を丸くして驚いていた。海賊を直接拿捕することの多いサカズキの隊では、階級が上がれば自身の給金でそういったものを買うことも珍しいことでもない。いつ海賊と鉢合わせするかもしれないのだ、機会を逃す手はない。


「ん〜? ならどうして鉄製のを使わなかったんだい?」

「ああ、そうだよなァ。能力者って知らなきゃ普通は、」

「ナマエにゃあわかる、それだけじゃ」


 サカズキはそこで会話を打ち切って自身の執務室へ向かい歩き出した。これ以上話す気がないとわかったのか、クザンとボルサリーノは気になっていても追いかけてくることはなかった。サカズキはぼんやりとナマエのことを考える。まさか能力者かどうか匂いでわかるだなんて、言ったところで誰が信じるものか。ガープあたりならば、さすが犬だと大爆笑して信じるだろうけれど。

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